はじめに
認知症のあるご利用者様が、急に怒りっぽくなったり、「家に帰る」と歩き回ったり、介護を拒否したりする場面に戸惑ったことはありませんか。
こうした行動は「性格の問題」や「認知症だから仕方ない」と考えられがちですが、実はBPSD(認知症の行動・心理症状)と呼ばれる症状が関係していることがあります。
BPSDは認知症に伴って現れる症状の総称で、不安や環境の変化、身体の不調など、さまざまな要因が重なることで現れたり悪化したりします。
そのため、行動だけを止めようとしても、原因が解決しなければ繰り返してしまうことがあります。
大切なのは、「問題行動」と捉えるのではなく、「なぜこの症状が現れているのか」という背景に目を向けることです。

BPSDとは?まず知っておきたい基本知識
BPSDとは認知症の行動・心理症状のこと
BPSDとは、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの略で、日本語では「認知症の行動・心理症状」と呼ばれます。
認知症のある方にみられる、
- 怒りっぽくなる
- 歩き回る
- 介護を拒否する
- 不安が強くなる
- 妄想や幻覚が現れる
などの症状をまとめた総称です。
長谷川ここで大切なのは、BPSDは病名ではなく、症状の総称であるということです。
例えば、「不穏」や「徘徊」「帰宅願望」「介護拒否」などは、それぞれが独立した病気ではなく、BPSDの一つとして現れることがあります。
また、認知症そのものが直接BPSDを引き起こすだけではありません。不安や身体の不調、生活環境の変化などが重なることで症状が現れたり、悪化したりすることもあります。
そのため、BPSDがみられたときは、「認知症だから仕方ない」と考えるのではなく、「何がきっかけになっているのだろう」という視点を持つことが大切です。
認知症の中核症状との違い
認知症の症状は、大きく「中核症状」と「BPSD」の2つに分けて考えられます。
中核症状とは、認知症そのものによって起こる基本的な症状です。一方、BPSDは中核症状に加えて、本人の体調や環境、周囲との関わり方など、さまざまな要因が影響して現れる症状を指します。
| 中核症状 | BPSD(行動・心理症状) |
|---|---|
| 記憶障害 | 不穏 |
| 見当識障害 | 徘徊 |
| 判断力の低下 | 介護拒否 |
| 理解力の低下 | 妄想・幻覚 |
| 実行機能障害 | 暴言・暴力・帰宅願望など |
例えば、「家が分からない」という記憶や見当識の障害(中核症状)があることで、不安になり、「家へ帰りたい」と歩き回る(BPSD)という流れが起こることがあります。
つまり、BPSDだけを見るのではなく、その背景にある中核症状や生活環境まで考えることが、適切な対応につながります。
BPSDは認知症だから必ず起こるわけではない
認知症と診断されたからといって、すべての方にBPSDが現れるわけではありません。
同じ認知症でも、不穏や介護拒否がほとんどみられない方もいれば、環境が変わったときだけ症状が現れる方もいます。
また、周囲の声かけや接し方、生活環境を見直すことで、症状が軽くなるケースも少なくありません。
そのため、「認知症だからBPSDは避けられない」と決めつける必要はありません。
むしろ大切なのは、



「どんな場面で症状が現れるのか」
「どのような関わり方をすると落ち着くのか」
を観察し、ご利用者様一人ひとりに合った対応を考えることです。
BPSDは認知症そのものではなく、その人を取り巻くさまざまな要因が重なって現れる症状です。
だからこそ、目の前の行動だけで判断するのではなく、その背景にある不安や困りごとへ目を向けることが、認知症ケアの第一歩になります。
BPSDはなぜ起こる?主な原因
身体の不調や病気
BPSDがみられたとき、まず考えたいのが身体の不調です。
認知症のある方は、痛みや体調の変化があっても、それをうまく言葉で伝えられないことがあります。その結果、不安や不快感が「怒る」「歩き回る」「介護を拒否する」といったBPSDとして現れることがあります。
例えば、発熱や便秘、尿意、痛み(疼痛)、睡眠不足、脱水などは、BPSDを引き起こす代表的な要因です。
一見すると些細な変化でも、ご利用者様にとっては大きなストレスになっていることがあります。
そのため、「認知症だから仕方ない」と考えるのではなく、



「どこか痛いのではないか」
「トイレへ行きたいのではないか」
「十分に眠れているだろうか」
といった視点で身体の状態を観察することが大切です。
介護では、目の前の行動だけではなく、身体からのSOSサインを見逃さないことも重要な役割の一つです。
環境や関わり方の影響
BPSDは、ご利用者様を取り巻く環境や、周囲との関わり方によっても大きく変化します。
例えば、入院や施設への入所、引っ越しなどで生活環境が変わると、慣れない場所への不安からBPSDが現れることがあります。
また、騒音が続く環境や人の出入りが多い場所、強い口調での声かけなども、不安や混乱を強める原因になることがあります。
反対に、落ち着いた環境でゆっくり話しかけたり、慣れた写真や愛用品を身近に置いたりするだけで、症状が和らぐケースも少なくありません。



BPSDは「認知症が進行したから起こる」のではなく、環境や関わり方によって良くも悪くも変化する症状でもあります。
だからこそ、介助者の対応や生活環境を見直すことは、BPSDへの大切なアプローチになります。
認知症そのものによる影響
認知症では、記憶障害や見当識障害、判断力の低下などの中核症状によって、日常生活の中で不安や混乱を感じやすくなります。
例えば、



「ここがどこか分からない」
「家族が帰ってこない理由が理解できない」
「目の前で何をされるのか分からない」
といった状況は、ご利用者様にとって大きなストレスになります。
その結果、「家に帰りたい」と訴えたり、介護を拒否したり、不穏な行動につながったりすることがあります。
また、昨日まで落ち着いていた方が急に興奮したり、昼間は普通なのに夜だけ混乱したりする場合は、せん妄が隠れている可能性もあります。
せん妄は感染症や脱水、薬の影響などが原因で急激に症状が現れることがあり、認知症と間違われることも少なくありません。
大切なのは、「認知症だから仕方ない」と一つの理由だけで片づけないことです。
BPSDは、認知症の中核症状に加え、身体の状態や生活環境、周囲との関わり方など、さまざまな要因が重なって現れる症状です。
だからこそ、一つひとつの原因を丁寧に考えることが、ご利用者様に合ったケアにつながります。


BPSDへの対応で大切な5つのポイント
① 行動ではなく原因を見る
BPSDがみられたとき、多くの方は「どうやって落ち着かせよう」「この行動を止めなければ」と考えがちです。



しかし、本当に大切なのは目の前の行動ではなく、その背景にある原因を探ることです。
例えば、「家に帰りたい」と繰り返し訴える方は、本当に帰宅したいというより、



「知らない場所で不安」
「家族に会いたい」
「安心できる場所へ戻りたい」
と感じているのかもしれません。
また、介護を拒否する方も、「嫌だから」ではなく、痛みや寒さ、眠気、恥ずかしさなど、本人なりの理由があることが少なくありません。
だからこそ、「どう止めるか」ではなく、「なぜ今、この行動が現れているのだろう」と考えることが重要です。
行動には必ず理由があります。
その理由を理解しようとする姿勢が、BPSDへの対応の第一歩になります。
② 安心できる環境を整える
認知症のある方は、周囲の状況が分からなくなることで、不安や混乱を感じやすくなります。



そのため、安心できる環境を整えることは、BPSDを和らげる上で非常に大切です。
時計やカレンダーを見やすい場所へ置くことで、時間や日付を確認しやすくなります。また、眼鏡や補聴器を使用することで、周囲の情報を正しく受け取りやすくなり、不安の軽減につながることがあります。
さらに、普段使っている毛布や写真、愛用品など、慣れ親しんだ物が身近にあるだけでも安心感につながります。
照明が暗すぎたり明るすぎたりしないか、テレビの音量が大きすぎないか、人の出入りが多く落ち着かない環境になっていないかなども確認してみましょう。
環境を少し見直すだけで、ご利用者様の表情や行動が穏やかになることも少なくありません。
③ 気持ちを否定せず寄り添う
BPSDがみられるとき、ご利用者様の話をすぐに否定してしまうことがあります。
例えば、「家に帰りたい」と言われたときに、



「ここがお家ですよ」
「もう帰れません」
と伝えても、不安や混乱が強くなるだけの場合があります。
もちろん、事実ではないことを無理に肯定する必要はありません。
しかし、まずは気持ちに寄り添うことが大切です。



「家が気になるんですね。」
「心配ですね。」
「そう思われたんですね。」
このように気持ちを受け止めるだけで、ご利用者様が安心し、落ち着きを取り戻すこともあります。
介助者が焦っていたり、強い口調になったりすると、その緊張はご利用者様にも伝わります。
だからこそ、安心して話せる雰囲気をつくることが、BPSDへの対応では何より大切です。
④ 身体の不調を確認する
BPSDの背景には、身体の不調が隠れていることも少なくありません。
- 排泄を我慢している
- 身体のどこかが痛い
- お腹が空いている
- 水分不足になっている
- 夜眠れていない
など、一つひとつは小さな変化でも、ご利用者様にとっては大きなストレスになることがあります。
認知症のある方は、その不快感をうまく言葉で伝えられず、怒ったり歩き回ったりすることで表現している場合もあります。
そのため、BPSDがみられたときは、「認知症の症状」と考える前に、排泄状況や食事量、水分摂取量、睡眠状態、痛みの有無などを確認してみましょう。



身体の不調を改善することで、BPSDが落ち着くケースも少なくありません。
⑤ 一人で抱え込まず多職種と連携する
BPSDへの対応は、一人で抱え込むものではありません。
介護職が気づいた小さな変化は、看護師や医師、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、そしてご家族と共有することで、原因の特定や適切な対応につながります。
例えば、



「昨日から歩き回ることが増えた」
「食事量が減っている」
「夜眠れていない」
「薬が変更されたばかり」
といった情報は、BPSDの原因を考える上で非常に重要です。
介護職は、ご利用者様と最も長い時間関わる職種だからこそ、小さな変化に気づける存在です。
その気づきをチームで共有し、それぞれの専門職が力を合わせることで、ご利用者様にとってより安心できる生活環境をつくることができます。



BPSDへの対応で大切なのは、一人で頑張ることではありません。
「みんなで原因を考え、みんなで支えること」が、ご利用者様の安心につながります。
やってはいけない対応
強く叱る・否定する
BPSDがみられるとき、思わず



「そんなこと言わないで」
「もう何回も説明しましたよ」
と強い口調で対応してしまうことがあります。
しかし、このような対応は、ご利用者様の不安や混乱をさらに大きくしてしまう可能性があります。
認知症のある方は、出来事を正確に理解できなくても、「怒られた」「否定された」という感情は強く残ることがあります。
例えば、「家に帰りたい」という訴えに対して、「ここが家ですよ」と事実だけを伝えても、不安が解消されるとは限りません。
まずは、



「帰りたくなるほど不安なんですね」
「心配になりますよね」
と気持ちを受け止めることが大切です。
相手を説得することよりも、安心できる関わり方を意識することが、結果的に落ち着いた対応につながります。
行動だけを止めようとする
BPSDでは、歩き回る、介護を拒否する、大声を出すなど、目立つ行動に意識が向きがちです。
そのため、



「歩かせないようにしよう」
「帰宅願望をやめさせよう」
と、行動そのものを止めることが目的になってしまうことがあります。
しかし、それでは根本的な解決にはつながりません。
例えば、歩き回る背景に尿意や痛みがあれば、その原因を解決しない限り、別の行動として現れる可能性があります。
BPSDは「問題行動」ではなく、何らかの困りごとを表現しているサインです。
だからこそ、「どう止めるか」ではなく、「なぜ今、この行動が現れているのか」を考えることが大切です。



行動だけを見ている限り、本当の原因にはたどり着けません。
「認知症だから仕方ない」と決めつける
BPSDが続くと、「認知症だから仕方ない」と受け止めてしまうことがあります。
もちろん、認知症そのものの影響で現れる症状もありますが、それだけで片づけてしまうと、改善できる原因を見逃してしまうかもしれません。
例えば、便秘や脱水、感染症、薬の影響、睡眠不足などが原因となり、一時的にBPSDが悪化していることもあります。
また、介助方法や生活環境を少し工夫するだけで、症状が落ち着くケースも少なくありません。
「認知症だから仕方ない」という考えは、対応の可能性を狭めてしまいます。



「まだ改善できることはないだろうか」
そんな視点を持つことが、ご利用者様にとってより安心できる生活につながります。
まとめ|BPSDは「症状」ではなく「背景」を見ることが大切
BPSDは原因を理解することから始まる
BPSDは、認知症のある方にみられる行動や心理面の症状をまとめた呼び方です。
- 怒る
- 歩き回る
- 介護を拒否する
- 妄想や幻覚が現れる
など、さまざまな症状がありますが、その現れ方は一人ひとり異なります。
そして、その背景には認知症そのものだけでなく、身体の不調や生活環境の変化、不安やストレスなど、さまざまな要因が関係しています。
だからこそ、目の前の症状だけを見て判断するのではなく、「なぜこの症状が現れているのか」という原因を考えることが大切です。



原因を理解しようとする姿勢が、ご利用者様に合ったケアへの第一歩になります。
「困った行動」ではなく「困っているサイン」を見よう
BPSDは、ご利用者様が介助者を困らせるために起こしている行動ではありません。
言葉では伝えられない不安や痛み、混乱、寂しさなどを、一生懸命伝えようとしているサインなのかもしれません。
だからこそ、「困った行動」と決めつけるのではなく、



「何に困っているのだろう」
「何を伝えたいのだろう」
という視点で関わることが大切です。



私が理学療法士として現場で大切にしているのは、症状だけを見て判断しないことです。
その人の生活や身体の状態、置かれている環境まで含めて理解しようとすることで、ご利用者様にとって安心できる関わり方が見えてきます。
認知症ケアで本当に大切なのは、行動を変えることではありません。
その行動の背景を理解し、その人が安心して過ごせる理由を一緒に探していくことです。










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