はじめに

「さっきも言ったでしょ…」
思わず強く言ってしまい、あとで自己嫌悪になる——在宅介護では、そんな場面が少なくありません。
認知症の方への声かけは、“正しく伝えること”が大切だと思われがちです。
しかし実際には、それがかえって混乱や不安を招いてしまうこともあります。
特に在宅介護では、時間の余裕がなく、
感情もぶつかりやすいため、
声かけ一つで関係性や介護のしやすさが大きく変わります。
この記事では、在宅介護でよくあるNGな声かけと、すぐに使える正しい伝え方を具体例つきで解説します。
「どう伝えればいいのか分からない」と悩んでいる方は、ぜひ参考にしてみてください。
認知症の声かけで在宅介護がうまくいかない理由
在宅介護で「うまくいかない」と感じる場面の多くは、声かけそのものではなく、“前提のズレ”が原因になっています。



「ちゃんと説明すれば分かるはず」
「正しいことを伝えれば納得してくれる」
こうした考え方は、一見すると正しいように思えます。
しかし、認知症の方への関わりでは、この前提がうまく機能しないことが少なくありません。
ここでは、在宅介護で声かけがうまくいかなくなる主な理由を整理していきます。
「正しく伝えれば分かる」は間違い
認知症の方に対して、「正しい情報を伝えること」は必ずしも効果的ではありません。
たとえば、



「今日はデイサービスの日だよ」
「さっきご飯食べたよね」
といった“事実”を伝えても、ご本人の中ではその情報がうまくつながらず、かえって混乱してしまうことがあります。
その結果、



「違う」
「知らない」
と否定されたり、強い不安や怒りにつながることもあります。
これは理解力の問題というよりも、
情報を整理・保持する力の変化によるものです。
そのため、
「正しさ」を優先する関わり方ではなく、
相手がどう受け取るかを基準にした声かけが必要になります。
記憶ではなく“感情”で反応している
認知症の方は、出来事の内容を覚えていなくても、そのときの“感情”は強く残ることがあります。
たとえば、内容は忘れていても、



「なんだか嫌な言い方をされた」
「怖い思いをした」
といった感覚だけが残り、次の関わりに影響するケースも少なくありません。
つまり、声かけに対する反応は「何を言ったか」よりも、どう感じたかに大きく左右されます。
そのため、正しい説明を重ねるよりも、まずは安心できる関わり方を意識することが重要です。
安心感がある状態では受け入れやすくなり、不安が強い状態では拒否や混乱が起こりやすくなります。
在宅介護はストレスが重なりやすい環境
在宅介護では、介助者側のストレスも大きく影響します。
- 何度も同じことを繰り返す
- 時間に追われる(仕事・家事との両立)
- 周囲に頼れない状況が続く
こうした状況が重なると、どうしても余裕がなくなり、声かけが強くなったり、否定的な言葉が増えやすくなります。
しかし、声かけが強くなるほど、ご本人の不安や混乱は強まり、さらに関わりにくくなるという悪循環が生まれます。



在宅介護では、「正しい声かけをすること」だけでなく、無理なく続けられる関わり方を選ぶことも同じくらい重要です。
在宅介護でやりがちなNG声かけ【よくある例】
在宅介護では、時間や気持ちに余裕がなくなる中で、つい強い言葉や否定的な声かけをしてしまうことがあります。
どれも「良くない」と分かっていても、実際の場面では思わず出てしまうものです。
ここでは、多くの方が経験する“あるある”の声かけと、その背景を見ていきます。
正しさをぶつける



さっき言ったでしょ!
何度も同じことを聞かれると、つい出てしまう言葉です。
しかし、この声かけはご本人にとって「責められている」という感覚につながりやすく、不安や混乱を強めてしまいます。
ご本人は“忘れたくて忘れているわけではない”ため、「言った・言わない」で正しさをぶつけても解決にはつながりません。
むしろ、「また怒られるかもしれない」という感情だけが残り、次の関わりが難しくなることがあります。
頭ごなしに否定



違うって!それは違う
事実と違うことを言われたとき、思わず否定したくなる場面です。
ただ、認知症の方にとっては“今見えている世界”が現実です。そのため、頭ごなしに否定されると、自分を否定されたように感じてしまいます。
その結果、反発や不安が強くなり、やり取りがエスカレートしてしまうことも少なくありません。
正しさを伝えることよりも、まずは受け止めることが大切になります。
認知症の特性を理解していない



何回も言わせないで
同じ説明を繰り返す中で、負担を感じたときに出やすい言葉です。
しかしこの一言は、ご本人にとって「迷惑をかけている」という印象を強く与えてしまいます。
その結果、萎縮してしまったり、逆に不安から同じ確認行動が増えてしまうこともあります。
繰り返しのやり取り自体が、認知症の特性によるものであることを前提に関わることが必要です。
急かしたくなる



早くして!(在宅特有)
在宅介護では、時間に追われる中で出やすい言葉です。
仕事や家事との両立、次の予定などを考えると、どうしても急かしたくなる場面があります。
ただ、この声かけはご本人の焦りや混乱を強め、結果的に動きが止まったり、拒否につながることがあります。
「急がせたことで、かえって進まなくなる」というケースは少なくありません。
無視・ため息・強い口調
言葉だけでなく、態度や雰囲気も大きな影響を与えます。
返事をしない、ため息をつく、強い口調になる
——こうした反応は、ご本人に「嫌がられている」「怖い」といった感情を与えやすくなります。
認知症の方は、言葉の意味が分かりにくくなっても、
表情や声のトーンといった非言語的な情報には敏感です。
そのため、何気ない態度の変化が、不安や拒否につながることもあります。


認知症の方に伝わる正しい声かけの考え方
認知症の方への声かけは、
「何を言うか」よりも「どう伝えるか」が結果を大きく左右します。
ここまで見てきたように、正しさをそのまま伝えるだけでは、うまくいかない場面が多くあります。



大切なのは、
認知症の特性に合わせて“伝わる形”に変えることです。
ここでは、在宅介護ですぐに実践できる声かけの基本的な考え方を4つに分けて解説します。
否定しない(まず受け止める)
認知症の方が話している内容が事実と違っていても、
まずは否定せずに受け止めることが重要です。
「違うよ」「それは間違ってる」と否定されると、
ご本人は自分自身を否定されたように感じ、不安や混乱が強くなります。
そのため、最初の一言は、



「そう思ったんですね」
「そういうふうに感じたんですね」
といった“受け止める言葉”を意識します。
いったん受け止めることで安心感が生まれ、
その後の声かけが入りやすくなります。
安心感を優先する
認知症の方への関わりでは、
「正しいかどうか」よりも「安心できるかどうか」が重要です。
たとえば、正しい説明をしていても、強い口調や焦った雰囲気で伝えてしまうと、それだけで不安を与えてしまいます。
逆に、多少回り道でも、落ち着いた声や表情で関わることで、ご本人は安心しやすくなります。



安心感がある状態では受け入れやすくなり、
不安が強い状態では拒否や混乱が起こりやすくなります。
まずは「安心してもらうこと」を優先する——これが声かけの土台です。
一度に伝える情報は1つ
認知症の方に対しては、一度に多くの情報を伝えると混乱しやすくなります。



トイレに行って、そのあと手を洗って、次はご飯にしようね
こういった声かけは、情報量が多く、途中で分からなくなってしまうことがあります。
そのため、



「まずトイレに行きましょう」
といったように、一つずつ区切って伝えることが大切です。
シンプルで分かりやすい声かけは、行動につながりやすくなります。
“できる形”に分解する



「着替えましょう」
「お風呂に入りましょう」
といった声かけは、一見分かりやすいようで、実際には複数の動作が含まれています。
そのため、何から始めればいいか分からず、動き出せないことがあります。
こうした場合は、行動を細かく分解して伝えることが効果的です。
たとえば、



「まず上の服を脱ぎましょう」
「次にこの服を着てみましょう」
といったように、一つひとつ具体的に伝えることで、行動しやすくなります。
“できる形”に分けることは、ご本人の成功体験にもつながり、結果的に介護のしやすさも変わってきます。
この4つを意識するだけでも、声かけの伝わり方は大きく変わります。
次は、実際の在宅介護の場面で、どのように声かけを使い分けるかを具体例で見ていきます。
【具体例】在宅介護で使える声かけ(NG→OK)
ここでは、在宅介護でよくある場面ごとに、NGな声かけと正しい伝え方を具体的に紹介します。
大切なのは、「正しく伝える」ことではなく、相手が動きやすくなる伝え方に変えることです。
すぐに使える形でまとめているので、ぜひ日々の関わりに取り入れてみてください。
トイレ誘導の声かけ



NG:「トイレ行ってください!」
NG:「さっきも行ったでしょ!」



OK:「一緒にトイレ行ってみましょうか」
OK:「今のうちに行っておくと安心ですよ」
食事の声かけ



NG:「ご飯ですよ!早く食べて!」
NG:「なんで食べないの?」



OK:「一緒にご飯にしましょうか」
OK:「これ美味しそうですね、少し食べてみますか?」
入浴拒否の対応



NG:「お風呂入らないとダメでしょ!」
NG:「なんで入らないの?」



OK:「今日はさっぱりできそうですね」
OK:「先に手だけ温めてみませんか?」
着替え・整容



NG:「ちゃんと着替えてください」
NG:「それ違いますよ」



OK:「まずこの服を一緒に着てみましょう」
OK:「次はこの袖に手を通してみましょう」
夜間対応(不穏・徘徊)



NG:「夜ですよ!寝てください!」
NG:「どこ行くんですか!」



OK:「どうしましたか?」
OK:「少し一緒に座ってみましょうか」
これらの声かけは、特別な技術ではなく、伝え方を少し変えるだけで実践できます。
そしてこの小さな違いが、
- 動いてもらえるかどうか
- 拒否されるかどうか
- 介護がスムーズに進むかどうか
に大きく影響します。
家族がつらくなる理由と対処法
在宅介護では、声かけだけでなく、介助者自身の気持ちの状態も大きく影響します。



「分かっているのに、優しくできない」
「つい強く言ってしまう」
そんなふうに感じている方も多いのではないでしょうか。
ここでは、家族介護でつらくなりやすい理由と、少し楽になるための考え方をお伝えします。
イライラしてしまうのは自然なこと
同じことを何度も繰り返すやり取りや、思うように進まない場面が続くと、イライラしてしまうのは無理もありません。
特に在宅介護では、仕事や家事と並行して対応することが多く、心身ともに余裕がなくなりやすい環境です。
大切なのは、「イライラしてはいけない」と押さえ込むことではなく、そう感じるのは自然な反応だと理解することです。
そのうえで、声かけを少し変えることで、関わりやすさが変わっていきます。
完璧にやろうとしない



「ちゃんと介護しないといけない」
「正しく対応しないといけない」
そう思うほど、自分を追い込んでしまいやすくなります。
しかし、認知症の方への関わりに“完璧な正解”はありません。
日によって反応が違うこともあれば、うまくいかない日があるのも当然です。
だからこそ、“うまくいけばOK”くらいの余白を持つことが、結果的に長く続けるコツになります。
距離を取ることも大切
感情が強くなっているときに無理に関わろうとすると、声かけも強くなりやすくなります。
そんなときは、一度その場を離れて、少し距離を取ることも大切です。
- 深呼吸をする
- 別の部屋に移動する
- 時間を少し空ける
こうした小さなリセットが、その後の関わり方を変えてくれます。
無理に対応し続けるよりも、落ち着いて関われる状態を作ることの方が重要です。
頼れるサービスを使う
在宅介護は、家族だけで抱え込むものではありません。
デイサービスや訪問介護、ショートステイなど、利用できるサービスを取り入れることで、負担を大きく減らすことができます。
「まだ大丈夫」と思っていても、知らないうちに疲れが溜まっていることもあります。



無理をする前に、頼れる選択肢を持っておくことが、長く続けるためのポイントです。
介護は「頑張ること」よりも、続けられることの方が大切です。
少し視点を変えるだけでも、気持ちの負担や関わりやすさは変わっていきます。
声かけが事故・トラブルを防ぐ理由
認知症の方への声かけは、単に「優しく接するためのもの」ではありません。
伝え方ひとつで、
- 転倒などの事故
- 拒否やトラブル
- 介護の負担
に大きな差が生まれます。
ここでは、声かけがどのように安全や介護のしやすさにつながるのかを解説します。
転倒リスクを減らす
不安や焦りが強い状態では、動きが不安定になりやすく、転倒のリスクが高まります。
たとえば、急かされて動こうとしたり、状況が理解できないまま立ち上がろうとすると、バランスを崩しやすくなります。
一方で、



「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「一緒に立ってみましょうか」
といった落ち着いた声かけは、ご本人の安心感につながり、動作も安定しやすくなります。
安心できる状態をつくることが、安全な動きにつながるという点が重要です。
拒否や暴言を減らす
強い口調や否定的な声かけは、ご本人の不安や不信感を高め、拒否や暴言につながることがあります。
特に、何をされているのか分からない状態で急に介助されると、「怖い」「嫌だ」という感情が先に立ってしまいます。
その結果、介助そのものを拒否されたり、関係性が悪化してしまうことも少なくありません。
一方で、



「これから〇〇しますね」
「一緒にやってみましょうか」
といった見通しが持てる声かけを行うことで、不安が軽減され、受け入れやすくなります。
介護の負担を軽減する
声かけがうまくいくと、ご本人がスムーズに動ける場面が増えます。
その結果、
- 何度も同じ説明を繰り返す回数が減る
- 拒否対応にかかる時間が減る
- 介助がスムーズに進む
といった変化が生まれます。
逆に、声かけがうまく伝わらない状態が続くと、毎回の介助に時間と労力がかかり、負担はどんどん大きくなっていきます。
つまり、声かけは「気持ちの問題」だけでなく、介護全体の効率を左右する要素でもあります。



声かけを少し変えるだけで、
安全性・関係性・負担のすべてに影響が出ます。
だからこそ、日々の関わりの中で“伝え方”を見直すことが大切です。
まとめ|在宅介護の声かけで大切なこと
認知症の方への声かけは、特別な技術が必要なものではありません。
大切なのは、「どう伝えるか」を少し意識することです。
在宅介護では、日々の積み重ねが関係性や介護のしやすさに大きく影響します。
ここで、今回のポイントを整理しておきます。
正しさより安心感
「正しいことを伝える」ことよりも、「安心してもらう」ことを優先することが重要です。
安心できる状態では受け入れやすくなり、不安が強い状態では拒否や混乱が起こりやすくなります。
まずは安心感をつくること——これがすべての土台になります。
感情に寄り添うことが最優先
認知症の方は、出来事そのものよりも、そのときの“感情”を強く感じ取っています。
そのため、「何を言うか」よりも「どう感じたか」が関係性に大きく影響します。
否定せずに受け止めること、安心できる関わりを続けることが、信頼関係につながります。
声かけで関係は変わる
声かけを少し変えるだけで、
- 動いてもらえるかどうか
- 拒否されるかどうか
- 介護がスムーズに進むかどうか
は大きく変わります。
難しく考える必要はありません。
まずは一つ、伝え方を変えてみることから始めてみてください。
その小さな変化が、在宅介護の負担や関係性を少しずつ変えていきます。
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