はじめに
歩行器を使用しているご利用者様が、前のめりの姿勢になっている場面を、現場で一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
一見すると、
「歩けている」
「安定している」
ように見えても、実はこの前のめり姿勢はヒヤリハットや転倒事故につながりやすい非常に危険な状態です。
「筋力が弱いから仕方ない」
「高齢だから前かがみになるのは当然」
そう思われがちですが、前のめりになる原因は身体機能だけとは限りません。
歩行器の使い方や高さ設定、そして介助者の声かけが、無意識のうちに姿勢を崩してしまっているケースも多く見られます。
そこで本記事では、
- 歩行器使用時に前のめりになる主な原因
- 介助者がついやってしまいがちなNGな声かけ
- 明日から現場ですぐに使える、正しい声かけのポイント
を整理して解説します。
歩行器で前のめりになるのはなぜ危険?
歩行器は、正しく使えば歩行を安定させる有効な福祉用具です。
しかし、前のめりの姿勢で使用している状態は、かえって転倒リスクを高めてしまいます。
「歩行器を使っている=安全」とは限らない点が、ここでの重要なポイントです。
前のめり姿勢が引き起こすリスク
前のめりの姿勢になることで、以下のようなリスクが生じます。
- 転倒・つまずきのリスク増大
重心が前方に偏ることで、足がついてこなくなり、つまずきやすくなります。特に方向転換時や段差では、一気にバランスを崩しやすくなります。 - 歩行器が先に進みすぎる
身体よりも先に歩行器を押し出してしまい、結果として「歩行器についていく歩き方」になります。この状態では、少しのズレが転倒につながります。 - 上肢支持が強くなり疲労が増大する
前のめりになると腕に体重をかけやすくなり、肩・肘・手首への負担が増えます。
疲労が溜まることで姿勢がさらに崩れ、悪循環に陥ることも少なくありません。
「歩けているから大丈夫」が一番危ない理由
前のめり姿勢が厄介なのは、一見すると安定して歩けているように見える点です。
スムーズに前へ進んでいるため、介助者も「問題なさそう」と感じてしまいがちです。
しかし、事故は歩行に慣れてきた頃に起こりやすいのが現実です。
緊張感が薄れ、確認や見守りが甘くなったタイミングで、
ちょっとした段差や足の引っかかりが大きな転倒事故につながります。
「今は歩けている」ことと「安全に歩けている」ことは別物です。
だからこそ、前のめり姿勢を見逃さず、早い段階で原因に気づくことが重要になります。

歩行器で前のめりになる主な原因
歩行器使用時に前のめりになる原因は、ひとつではありません。
「筋力低下だから仕方ない」と考えられがちですが、環境・使い方・関わり方が影響しているケースも非常に多く見られます。
歩行器の高さが合っていない
歩行器の高さが合っていないと、自然と重心が前に出やすくなります。
- 高すぎる場合
肩がすくみ、腕で身体を支えようとするため、前のめりになりやすくなります。 - 低すぎる場合
前かがみ姿勢を助長し、上半身が歩行器に近づきすぎてしまいます。
高さが数センチ違うだけでも姿勢は大きく変わるため、最初の設定と定期的な見直しが重要です。
歩行器を先に出しすぎている
歩行器を大きく前に出しすぎると、
歩行器と身体の距離が遠くなり、前のめり姿勢になりやすくなります。
本来は「身体が歩行器の中に入った状態」で歩くことが理想ですが、
歩行器だけが先行すると、身体が追いかける形になり、バランスを崩しやすくなります。
特に歩行に慣れてきたご利用者様ほど、この傾向が強くなることがあります。
下肢筋力・体幹筋力の低下
筋力低下も、前のめり姿勢の大きな要因のひとつです。
特に影響しやすいのは、
- 大腿四頭筋(立ち上がり・膝の安定)
- 殿筋(骨盤・股関節の安定)
- 体幹筋(姿勢保持)
これらの筋力が低下すると、身体を起こした姿勢を保つことが難しくなり、
歩行器に頼る割合が増えて前のめりになりやすくなります。
恐怖心・不安感による姿勢の崩れ
「転びたくない」
「不安だから支えたい」
このような恐怖心や不安感も、前のめり姿勢を助長する要因です。
安心しようとして歩行器に体重をかけすぎることで、
結果的に重心が前へ移動し、かえって不安定な姿勢になってしまいます。
心理的な要因も、歩行姿勢に大きく影響することを見逃してはいけません。
介助者の声かけ・誘導が原因になっていることも
意外と多いのが、介助者の声かけや誘導が前のめりを作ってしまっているケースです。
例えば、
「もっと前へ行きましょう」
「しっかり体重をかけてください」
「歩行器を押して」
これらの声かけは、無意識のうちに
歩行器へ体重を乗せる・前へ突っ込む動作を引き出してしまいます。
【要注意】現場でよくあるNG声かけ
歩行器使用時の前のめり姿勢は、
ご利用者様の身体機能だけでなく、先述した通り介助者の声かけによって作られてしまうことも少なくありません。
どれも「良かれと思って」かけている言葉ですが、
実は姿勢を崩す原因になっているケースがあります。
前のめりを助長する声かけ例
現場でよく聞かれる声かけとして、次のようなものがあります。
「前に体重乗せてください」
「歩行器にしがみついて」
「早く歩きましょう」
一見すると、安定性や安全を意識した声かけのように感じます。
しかし、これらの言葉は無意識のうちに前のめり姿勢を強めてしまう可能性があります。
なぜその声かけが危険なのか
これらの声かけが危険なのは、
ご利用者様に「前へ」「腕で支える」意識を強く持たせてしまうからです。
- 無意識に重心が前方へ移動する
「体重を前に」「しがみついて」と言われることで、
本来支えるべき下肢や体幹ではなく、上肢に体重を預けやすくなります。 - 歩行器だけが先行する歩き方になる
「早く歩きましょう」という声かけは、
歩行器を急いで押し出す動作につながりやすく、
身体が歩行器についていけない状態を作ってしまいます。
結果として、
歩行器は前へ、身体は遅れてついてくるという不安定な歩行になり、
つまずきや転倒のリスクが高まります。
歩行器使用時の正しい声かけのポイント
歩行器使用時の声かけで大切なのは、
「前へ進ませること」ではなく、姿勢と身体の位置を整えることです。
声かけひとつで、前のめりを防ぎ、歩行の安定性は大きく変わります。
基本は「姿勢」と「位置」を意識させる
正しい声かけの基本は、
歩行器と身体の関係、そして上半身の姿勢に意識を向けてもらうことです。
- 歩行器と身体の距離
身体が歩行器から離れすぎると、前のめり姿勢になりやすくなります。
「歩行器の中に身体が入っている状態」をイメージしてもらうことが大切です。 - 目線・胸の位置
目線が下がり、胸が落ちると自然と前かがみになります。
胸を起こし、視線を少し前方へ向けるだけでも、姿勢は安定しやすくなります。
この2点を意識させる声かけが、前のめり防止の基本になります。

実際に使える具体的な声かけ例
ここでは、明日からそのまま使える声かけ例を紹介します。
- 「お腹と歩行器、近づけましょう」
→ 歩行器と身体の距離を意識させ、前のめりを防ぎやすくなります。 - 「胸を起こして立ってみましょう」
→ 上半身の姿勢を整え、目線が上がりやすくなります。 - 「一歩ずつ、歩行器の中に身体を入れたままで」
→ 歩行器だけが先に進むのを防ぎ、安定した歩行につながります。 - 「後ろの車輪と車輪の間に足を運んでいきましょう」
→姿勢を保ち、歩行器だけが前に進むのを防ぎます。
前のめりを防ぐために介助者ができる工夫
歩行器での前のめり姿勢を防ぐためには、
声かけだけでなく、事前の準備や関わり方も非常に重要です。
少し意識を変えるだけで、歩行の安定性と安全性は大きく変わります。
歩行器の高さ・種類を見直す
- 高さが合っていないと、前のめり姿勢を助長しやすい
- 支持性が不足している歩行器では、不安感が強くなる
身体機能や歩行能力に対して、
- 車輪のついているタイプ
- 四点歩行器
- 前輪付き歩行器
- 固定型か交互型か
など、歩行器の種類が適切かどうかを見直すことも大切です。
「今使っているから」という理由だけで継続せず、
状態に合わせて調整・変更する視点を持ちましょう。
歩行開始前の立ち位置チェック
歩行が始まる前の立ち位置も、前のめり防止の重要なポイントです。
- 歩行器の中に身体がしっかり入っているか
- 足が後ろに引けすぎていないか
- 立ち上がった時点で前かがみになっていないか
歩き出してから修正するのは難しいため、
歩行開始前に一度姿勢を整えることが大切です。
「今の位置で大丈夫ですね」と一声かけてから歩行を始めるだけでも、
姿勢の崩れを防ぎやすくなります。
必要に応じた見守り・軽介助の入れ方
「自立歩行だから見守りだけでいい」と決めつけず、
状況に応じて見守りや軽介助を使い分けることも重要です。
- 不安が強いとき
- 歩行開始直後
- 疲労が見られる場面
こうしたタイミングでは、
そばでの見守りや軽い支持があるだけで安心感が増し、
前のめり姿勢を防ぎやすくなります。
まとめ|歩行器の前のめりは「原因+声かけ」で防げる
歩行器使用時の前のめり姿勢は、
身体機能の低下だけが原因ではありません。
歩行器の高さや使い方、そして介助者の声かけによって、
姿勢や歩行の安定性は大きく左右されます。
「年齢のせい」
「筋力が弱いから仕方ない」
と片付けてしまうのではなく、
関わり方を少し見直すだけで、安全性は大きく変わることを
ぜひ意識してほしいポイントです。
明日から現場で意識してほしいのは、次の3つです。
- 高さ
歩行器の高さが適切かを確認し、必要に応じて調整する。 - 距離
歩行器と身体の距離が離れすぎていないか、
「歩行器の中に身体が入っているか」を確認する。 - 声かけ
「前へ」「体重をかけて」ではなく、
姿勢と位置を意識させる声かけに変える。
歩行器は「使うだけで安全になる道具」ではありません。
正しい設定と関わり方があってこそ、本来の力を発揮します。
日々の介助の中で前のめり姿勢に気づいたときは、
ぜひこの記事の内容を思い出し、事故予防につなげてください。


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