はじめに
膝折れは、ほんの一瞬で起こる事故です。
立ち上がった直後や移乗の途中、歩き出しの一歩目など、「いけそう」と感じたタイミングで突然起こるため、介助者が反応する間もなく転倒につながるケースも少なくありません。
現場では
「少しヒヤッとしたけど、そのまま立てたから大丈夫だった」
「前にも同じようなことがあった気がする」
といった経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。
しかし、その“ヒヤリ”の積み重ねこそが、大きな事故の前兆であることも珍しくありません。
膝折れは、単に筋力低下だけが原因ではありません。
靭帯損傷(前十字靭帯など)、変形性膝関節症や半月板損傷などの膝関節の病気、神経障害、立ち上がり時の姿勢、体重移動のタイミング、介助者の立ち位置や支え方、さらには福祉用具の設定など、いくつもの要因が重なって起こる現象です。
そのため、原因が整理されないまま介助を続けていると、同じ場面で何度も繰り返し起こってしまいます。
この記事では、
- 膝折れが起こりやすい場面と本当の原因
- 事故につながりやすいNG介助の考え方
- 介助者が現場ですぐ実践できる具体的な対策
を、ご利用者様の安全と介助者の負担軽減の両面からわかりやすく解説します。
膝折れとは?現場で起こる典型的な場面
膝折れとは、立位や動作中に膝関節が支えきれず、急に崩れるように曲がってしまう状態を指します。
本人が「力が抜けた」と自覚する前に起こることも多く、介助者側も予測しづらいのが特徴です。
特に介護現場では、以下のような場面で膝折れが起こりやすくなります。
立ち上がり時
椅子やベッドから立ち上がる瞬間は、下肢に最も大きな負荷がかかるタイミングです。
体重が十分に前へ移動しないまま立ち上がろうとすると、太ももや膝周囲の筋力だけで体を支えることになり、膝が耐えきれずに折れてしまいます。
また、立ち上がりの際に膝が伸びきらず、膝関節が不安定なまま体重を乗せてしまうことも、膝折れの大きな要因です。
移乗開始直後
ベッドから車椅子、車椅子からトイレなど、移乗動作の開始直後も注意が必要です。
立てたと思った瞬間に方向転換を始めたり、介助者が動作を急いでしまったりすると、膝に十分な支持性がない状態で体重がかかり、膝折れが起こりやすくなります。
この場面では、膝が安定しているかどうかを確認する前に次の動作へ移ってしまうことが、事故につながる原因になります。
歩き出しの一歩目
立位が取れていても、歩き出しの一歩目は膝折れが起こりやすい場面です。
体重移動が不十分なまま足を出すと、支持脚側の膝に急激な負荷がかかり、膝が抜けるように崩れてしまいます。
「立てているから大丈夫」と判断してしまいがちですが、立位保持と歩行開始は別の動作であることを意識する必要があります。
これらの場面に共通しているのは、膝がしっかりと安定する前に次の動作へ進んでしまっているという点です。
膝折れを防ぐためには、膝関節を安定させる考え方や体の使い方を理解することが重要になります。
膝の安定性という視点では、移乗介助でよく使われる「膝ロック」の考え方が大きなヒントになります。
膝ロックの基本や、現場での正しい使い方については、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。
▶︎【理学療法士が解説】「膝ロック」とは?移乗介助における重要性と正しい使い方

膝折れが起こる主な原因
膝折れが起こると、「筋力が弱っているから仕方ない」と考えてしまいがちです。
しかし実際の現場では、筋力低下だけでは説明できないケースが非常に多いのが実情です。
ここでは、介護現場で特に多い膝折れの原因を整理して解説します。
筋力低下だけが原因ではない
膝折れというと、「足の筋力が弱っているから」と考えられがちです。
しかし実際には、筋力低下が大きくないご利用者様でも、膝折れを繰り返すケースは少なくありません。
その背景には、膝関節そのものの安定性低下や、神経系の問題が関係していることも多くあります。
単純に「筋トレ不足」と片づけてしまうと、本来注意すべきリスクを見落としてしまう可能性があります。
靭帯損傷(前十字靭帯など)の影響
過去に前十字靭帯損傷や内側側副靭帯損傷などを経験しているご利用者様では、膝関節の支持性が低下していることがあります。
見た目上は歩けていても、急な体重移動や立ち上がり動作の際に、膝が不安定になりやすいのが特徴です。
特に前十字靭帯は、膝が前にずれる動きを制御する重要な役割を担っています。
この機能が低下していると、立ち上がりや方向転換の場面で膝が支えきれず、膝折れにつながることがあります。
変形性膝関節症・半月板損傷などの膝関節の病気
変形性膝関節症や半月板損傷がある場合、痛みや関節の引っかかり感を避けようとする動きが膝折れを招くことがあります。
本人は無意識のうちに患側をかばい、膝を十分に伸ばさないまま立ち上がろうとするため、膝関節が不安定になります。
また、痛みによって力の入れ方が不均等になると、体重を支えるタイミングがずれやすく、結果として膝が抜けるような動きが起こります。
「痛みがある=動けない」ではなく、「痛みがあるからこそ膝折れリスクが高い」という視点が重要です。
神経障害による影響
脳血管障害後遺症、脊椎疾患、末梢神経障害などがある場合、膝を支えるための筋出力や感覚入力が不安定になります。
その結果、自分では立てているつもりでも、実際には膝に十分な力が入っておらず、突然膝折れが起こることがあります。
特に、
- 膝が伸びている感覚がわかりにくい
- どの程度力を入れればいいかわからない
といった状態では、介助者が想定していないタイミングで膝折れが起こるため注意が必要です。
立ち上がり姿勢の問題
膝折れの原因として非常に多いのが、立ち上がり時の姿勢不良です。
特に、
- 上体が十分に前に倒れていない
- 足が体の下に引けていない
- 骨盤が後傾したまま立ち上がろうとしている
といった状態では、膝関節に過剰な負担が集中します。
このような姿勢で立ち上がると、膝が伸びきらないまま体重を支えることになり、結果として膝折れが起こりやすくなります。
「立たせること」よりも、「立てる姿勢を作れているか」を確認することが重要です。
介助者の立ち位置・タイミング
介助者の関わり方も、膝折れに大きく影響します。
例えば、
- 体を引き上げるような介助
- 立ち上がる前から強く支えすぎる
- 膝が安定する前に次の動作を促す
といった介助は、ご利用者様自身の踏ん張りや膝の安定を妨げてしまうことがあります。
また、介助者の立ち位置が不適切だと、体重移動を誘導できず、結果的に膝へ過剰な負担がかかります。
膝折れを防ぐためには、「どこで・いつ・どの程度支えるか」を意識することが欠かせません。
福祉用具の不適合(高さ・位置)
意外と見落とされがちなのが、福祉用具の設定ミスです。
特に歩行器や手すりの高さが合っていない場合、立ち上がりや歩き出しで体重がうまく分散されず、膝に負担が集中します。
例えば、歩行器の高さが高すぎると、上肢に体重を預けられず、下肢だけで立ち上がろうとして膝折れが起こりやすくなります。
逆に低すぎても、前傾が強くなりバランスを崩す原因になります。
歩行器の高さ設定については、膝折れ予防の観点からも非常に重要です。
正しい高さの考え方や調整方法については、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせて確認してみてください。
事故につながりやすいNG介助例
膝折れによる事故は、「危ない介助をしているつもりはなかった」という場面で起こることがほとんどです。
ここでは、現場でよく見かけるNG介助例と、なぜそれが危険なのかを具体的に解説します。
体を引き上げるだけの介助
ご利用者様の体を、腕や上半身を支えて引き上げるような介助は、一見すると安全そうに見えます。
しかしこの方法では、ご利用者様自身の足に体重を乗せる準備ができないまま立ち上がってしまいます。
本来、立ち上がり動作では
- 体重を前に移動させる
- 両足でしっかり床を踏む
- 膝を安定させた状態で体を起こす
という流れが必要です。
体を引き上げるだけの介助では、このプロセスが省略され、膝が不安定なまま体重が一気にかかるため、膝折れが起こりやすくなります。
結果として、
「立てたと思った瞬間にガクッと膝が折れる」
という危険な状況につながります。
立たせてから考える介助
「とりあえず立ってもらってから、次を考えよう」
このような介助は、時間がない現場ではつい行ってしまいがちです。
しかし、立位が安定する前に次の動作へ移ろうとすると、膝や体幹が十分に支持できていない状態で体重移動が起こります。
特に移乗動作では、立位保持・方向転換・着座という複数の動作が連続するため、立った直後が最も不安定です。
立たせてから考える介助は、
- 膝の安定確認ができていない
- ご利用者様の状態把握が追いつかない
というリスクがあり、膝折れや転倒につながりやすくなります。
声かけなし・合図なし
声かけや合図をせずに動作を進めてしまうことも、事故の大きな原因です。
ご利用者様は、いつ立ち上がるのか、いつ動き出すのかが分からないまま体を動かすことになります。
その結果、
- 力を入れるタイミングがずれる
- 体重移動が遅れる
- 膝が安定する前に動いてしまう
といった状況が生まれ、膝折れが起こりやすくなります。
特に、神経障害や高齢による反応速度の低下がある場合、声かけの有無が安全性を大きく左右します。
「せーの」「立ちますよ」といった短い合図でも、動作のタイミングがそろうことで、事故リスクは大きく下げることができます。
これらのNG介助に共通しているのは、
「膝が安定する前に動作を進めてしまっている」という点です。

介助者ができる膝折れ対策【実践編】
膝折れを防ぐために最も大切なのは、特別な技術ではなく、立ち上がり前・動作中・万が一の対応を整理して考えることです。
ここでは、介助者が現場ですぐに実践できるポイントを段階ごとに解説します。
膝折れ対策では、立ち上がりや移乗の際に膝関節を安定させる考え方が重要になります。
可能であれば、「膝ロック」という技術も取り入れてみてください。
膝ロックは、膝の不安定さをコントロールしながら動作を行うための、介護現場で非常に有効な技術のひとつです。
膝ロックの基本的な考え方や正しい使い方については、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。
▶︎【理学療法士が解説】「膝ロック」とは?移乗介助における重要性と正しい使い方
立ち上がり前の準備
膝折れ対策は、立ち上がる前の準備でほぼ決まると言っても過言ではありません。
足位置
両足が体の真下に近づくように引けているかを確認します。
足が前に出たままだと、立ち上がり時に膝だけで体を持ち上げることになり、膝折れが起こりやすくなります。
可能であれば、両足でしっかり床を踏めている感覚を本人と共有します。
骨盤の前傾
骨盤が後ろに倒れたままでは、体重を前へ移動できません。
骨盤を軽く前傾させることで、自然に上体が前に倒れ、膝にかかる負担を分散できます。
「おへそを前に出す」「前をのぞき込む」など、分かりやすい声かけが有効です。
目線・声かけ
目線が下を向いたままだと、体が起き上がりにくくなります。
立ち上がる方向を一緒に確認し、目線を前へ向ける声かけを行います。
また、「せーの」「今から立ちますよ」といった合図を入れることで、動作のタイミングがそろい、膝折れのリスクを下げることができます。
立ち上がり動作中のポイント
立ち上がり動作中は、「持ち上げる」よりも「安定を見守る」意識が大切です。
膝のコントロール
膝が内側に入ったり、急に曲がったりしていないかを確認します。
必要に応じて、膝の外側から軽く支えることで、膝が安定する方向へ誘導します。
強く固定するのではなく、「崩れそうな動きを止める」イメージがポイントです。
体重移動の見極め
体重がしっかり足に乗ったかどうかを、動きと表情から判断します。
立った直後にフラつきがある場合は、すぐに次の動作へ移らず、一度立位を安定させる時間を取ります。
支える位置
支える場所は、体幹や骨盤周囲を中心にします。
腕や上半身だけを引き上げると、膝への負担が増えるため注意が必要です。
「支えているけれど、本人が立っている」状態を目指します。
膝折れが起きたときの安全な対応
どれだけ注意していても、膝折れが起こる可能性はゼロにはなりません。
そのため、起きたときの対応を知っておくことも重要です。
無理に戻さない
膝が崩れた瞬間に、無理に立たせ直そうとすると、かえって転倒リスクが高まります。
一度動作を止め、安全に体を支えることを最優先にします。
転倒を防ぐ身体の使い方
介助者は、自分の体を低くし、重心を落とすことで安定性を高めます。
可能であれば、椅子やベッド方向へ体を誘導し、ゆっくりと座ってもらいます。
急な引き上げや反射的な動きは、介助者自身のケガにもつながるため注意が必要です。
その後の観察ポイント
膝折れ後は、痛みの有無、表情の変化、動作時の不安感などを必ず確認します。
「立てたから大丈夫」と判断せず、その日の介助方法を見直すきっかけとして活用することが大切です。
膝折れを予防するために日常でできること
膝折れは、立ち上がりや移乗の瞬間だけ注意していれば防げるものではありません。
日常の環境や関わり方を整えることで、事故のリスクは大きく下げることができます。
ここでは、現場ですぐ取り組めるポイントを紹介します。
環境調整
まず見直したいのが、立ち上がりや移動を行う周囲の環境です。
- 椅子やベッドの高さが合っているか
- 足がしっかり床につく環境になっているか
- 立ち上がり動作を妨げる物が周囲にないか
これらが整っていないと、どれだけ丁寧に介助しても、膝に余計な負担がかかってしまいます。
特に、座面が低すぎる環境では膝の屈曲が深くなり、膝折れのリスクが高まります。
「介助の前に環境を見る」
この習慣を持つだけでも、事故予防につながります。
福祉用具の見直し
膝折れが起こりやすい場合、福祉用具が今の状態に合っていない可能性があります。
- 歩行器や手すりの高さは適切か
- 車椅子や椅子の座面高さは合っているか
- クッションやマットで姿勢が崩れていないか
特に歩行器の高さは、立ち上がりや歩き出し時の安定性に大きく影響します。
高さが合っていないと、体重をうまく分散できず、膝に負担が集中します。
「以前は合っていた」用具でも、身体状況の変化に合わせた見直しが必要です。
介助方法の統一
見落とされがちですが、非常に重要なのが介助方法の統一です。
介助者ごとに
- 立ち上がらせ方が違う
- 声かけのタイミングが違う
- 支える位置が違う
このような状態では、ご利用者様は毎回動作を調整しなければならず、膝折れのリスクが高まります。
「この方は、こう立ち上がる」
「ここを支える」
といった共通認識を持つことで、動作の再現性が高まり、安全につながります。
日々の申し送りやカンファレンスで、膝折れの有無や介助時の注意点を共有することも、重要な予防策のひとつです。
膝折れの背景には、筋力低下だけでなく、膝関節の疾患や神経障害、立ち上がり姿勢、介助者の関わり方、福祉用具や環境の影響など、さまざまな要因が関係しています。
これらを理解したうえで、適切な介助技術を選択することで、事故のリスクは確実に下げることができます。
こうした身体の反応を理解したうえで技術を使うことが、膝折れ予防につながります。
まとめ|膝折れは「予測」と「準備」で防げる
膝折れは、起こってから対応しようとしても間に合わない事故です。
ほんの一瞬の出来事であり、「まさかこのタイミングで」という場面で起こります。
だからこそ、膝折れ対策は起こる前にどれだけ予測し、準備できているかが重要になります。
膝折れの背景には、筋力低下だけでなく、膝関節の疾患や神経障害、立ち上がり姿勢、介助者の関わり方、福祉用具や環境の影響など、さまざまな要因が関係しています。
これらを理解したうえで、適切な介助技術を選択することで、事故のリスクは確実に下げることができます。
特に、立ち上がりや移乗時の準備・声かけ・膝の安定を意識した関わりは、膝折れ予防の基本です。
膝ロックをはじめとした考え方を取り入れることで、ご利用者様の安全性が高まるだけでなく、介助者自身の身体への負担も軽減されます。


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