はじめに
介護や看護の現場では、ご利用者様の身体を支える「技術」も大切ですが、それと同じくらい、時にはそれ以上に大切なのが「声かけ」です。特に、移乗介助などの動作介助時にも声かけは非常に大切ですが、排泄介助、着替えなど、プライバシーに深く関わる場面では、ご利用者様が不安や羞恥心、抵抗感を抱いていることも少なくありません。
そのような状況の中で、介助者がどんな声かけをするかによって、ご利用者様の気持ちは大きく変わります。たった一言の声かけで、「怖い」「恥ずかしい」と感じていた場面が、「安心して任せられる」ものへと変わることもあります。逆に、配慮のない言葉や無言の対応は、ご利用者様の不安を増幅させ、信頼関係を損ねる原因にもなります。
筆者は理学療法士として、訪問看護や介護施設など様々な現場で、多くのご利用者様や介助者と接してきました。その中で強く感じたのは、「うまい介助者ほど、うまく声かけをしている」ということ。つまり、介助の技術だけではなく、「声かけ」もまた技術であり、経験によって磨かれるものなのです。
この記事では、そうした現場経験をふまえ、「介助時の声かけで安心感を与える5つの言葉」と、それらを使う際のちょっとしたコツをご紹介します。新人の方はもちろん、ベテランの方も「無意識のうちに自己流になっていないか?」という視点で読み直していただければ、ご利用者様との関係性がさらに良くなるヒントが見つかるはずです。
介助における声かけの役割とは?
介護や看護の現場において、「声かけ」は単なる挨拶やマナーではありません。それは、ご利用者様にとっての“安心材料”であり、介助を安全かつ円滑に進めるための大切なコミュニケーション手段です。
実際、介助時の声かけには、以下のような重要な役割があります。
不安や恐怖を軽減する
介助されるご利用者様の中には、自分の身体が思うように動かせないことへの不安や、転倒・痛みへの恐怖を感じている方も少なくありません。そんなとき、事前に優しく声をかけることで、「今から何が行われるのか」「どうすればよいのか」が明確になり、心理的な安心感を与えることができます。
介助者への信頼感を高める
丁寧で思いやりのある声かけは、「この人に任せても大丈夫」という信頼感を築く大きなきっかけになります。信頼があることで、ご利用者様は身を委ねやすくなり、介助もよりスムーズになります。時々現場でも見かけますが、逆に、無言やぶっきらぼうな声かけは不安や不信感につながってしまうリスクがあります。
動作のタイミングを合わせやすくする
移乗や立ち上がりといった動作は、介助者とご利用者様のタイミングが合わないとスムーズにいきません。声かけによって「今から動きます」「せーの、で立ちましょう」といった合図を出すことで、ご利用者様の残存機能も引き出すことができ、タイミングが揃い、介助が安全に行いやすくなります。
自立心を尊重する
「○○できますか?」「一緒にやりましょう」といった声かけは、ご利用者様に選択の余地を与え、自分の意思で行動できる機会をつくります。これは、ご利用者様の自立心や尊厳を守るうえで非常に重要なポイントです。ただ手を貸すだけではなく、“できる力を引き出す”姿勢が求められるのが介助の本質です。
ご利用者様にとって、突然の身体接触や、説明のないままの動作介助は「怖い」「不快」と感じる大きな要因です。逆に、適切なタイミングでわかりやすく、安心できる声かけをすることで、心理的な緊張は大きく和らぎます。そして、その結果として、動作介助もより安全でスムーズに行えるようになります。
それでは次に、実際の現場で活用できる「安心感を与える声かけの具体例」とその効果について、詳しく見ていきましょう。

安心感を与える5つの言葉
「今から○○しますね」
この言葉は、これから行う介助動作の予告です。
例:「今から立ち上がりますね」「これから車椅子に移りますよ」「車椅子に乗ってトイレに行きましょう」
【効果】
- ご利用者様が心の準備をする時間を確保できる
- 突然の動作による驚きや恐怖を防ぐ
- 信頼関係を構築しやすくなる
【使い方のコツ】
- 動作の直前ではなく、1~2秒前に声かけする
- できるだけ落ち着いた口調でゆっくり話す
認知症の方やコミュニケーションが取れない方にも必ずこの声かけはしてください。
意味がないように感じるかもしれませんが、無言でいきなり動かされると筋緊張が高まり、余分な力が入るため、介助が難しくなります。
「〇〇さんのペースで大丈夫ですよ」
この言葉は、ご利用者様の自主性や尊厳を尊重するための声かけです。
【効果】
- 急がされるプレッシャーから解放される
- 自信を取り戻し、自立心を育む
【使い方のコツ】
- 動作が遅い、または不安そうな時にやさしく伝える
- 急がせない雰囲気を表情や姿勢でも示す
忙しい時は、急かすつもりがなくても、こちらの雰囲気は伝わりがちです。そんな時はご利用者様も焦ってしまい、結果として事故につながってしまうため、この声かけが非常に有効になります。
「とてもよくできていますよ」
褒めることは、ご利用者様の自己肯定感を高めます。
【効果】
- 介助に対する前向きな気持ちを育てる
- 小さな成功体験を積み重ねるきっかけになる
【使い方のコツ】
- 動作の途中でも「いいですよ、その調子です」と具体的に褒める
- 結果よりも過程を評価する
「昨日よりもスムーズにできましたね」や「介助しててもすごく楽にできました」などの声かけも、ご利用者様の自己肯定感を高めますので、ぜひ使ってみてください。
「何か痛いところはありませんか?」
この言葉は、安全性を確認するとともに、ご利用者様の体調に配慮するものです。
【効果】
- 身体への負担を事前に把握できる
- ご利用者様が不安を打ち明けやすくなる
【使い方のコツ】
- 介助前と介助中、どちらでも確認する
- 本人が言いやすいような雰囲気づくりをする
この言葉があると、ご利用者様の安心感が高まり、信頼関係も生まれやすくなります。
また、痛いところがある場合は介助がうまくできていない可能性もあるので、何がよくなかったのかを自己分析して、技術の向上に勤めるきっかけにしてください。
「ありがとうございます」
介助の最後に必ず伝えたい感謝の言葉です。
【効果】
- ご利用者様が「してもらってばかり」ではなく、「協力した」という実感を持てる
- 双方向の信頼関係を深める
【使い方のコツ】
- 動作が終わった後に笑顔で伝える
- 自然なトーンで「○○さん、ありがとうございました」と名前を添えるとより効果的
「〇〇さんも頑張ってくださったので、私もとても楽にできました!ありがとうございます。」といった声かけをすると、ご利用者様も「次も頑張ろう」という前向きな気持ちになります。
その結果、次の介助もスムーズになり、ご利用者様ご自身が残存機能を活かすきっかけにもなります。
このように、自立支援にもつながるため、声かけひとつで良い循環が生まれます。
声かけの基本姿勢
どれほど適切な言葉を使ったとしても、その「伝え方」が伴っていなければ、ご利用者様に安心感を与えることはできません。声かけの効果を最大限に引き出すためには、基本的な姿勢や態度が非常に重要になってきます。
以下は、どんな場面でも共通して意識したい“声かけの基本”です。

視線を合わせる
まずは、ご利用者様の目線までしゃがむ、または同じ高さに立つことで、威圧感を与えずに自然なコミュニケーションが生まれます。目を見て話すことで、「あなたをちゃんと見ています」というメッセージが伝わり、信頼関係の土台にもなります。
目を見て話すことが苦手な方は、眉間や鼻を見ながら話すことも効果的です。
表情・反応をよく観察する
ご利用者様が不安そうな顔をしていないか、言葉を理解できているかなど、表情や目線、身体の動きから多くの情報を読み取ることができます。観察力を持って接することで、必要な声かけの内容や回数も柔軟に変えていけます。
自分のペースで話をしすぎず、“空気を読みながら”のコミュニケーションを大切にしてください。
落ち着いた声のトーンで話す
大きすぎる声や急かすような話し方は、ご利用者様を驚かせたり、逆に委縮させてしまう可能性があります。ゆっくりと穏やかなトーンで話すことで、心理的な安定を保つことができます。焦らず「間」を取ることも大切です。
また、ご利用者様がご高齢の方だからといって、むやみに大きな声で話すことはよくありません。相手に不快感を与えてしまうことも少なくありません。相手の聴力も確認しながら声かけすることも大切なポイントです。
一方的な命令口調を避ける
「立ってください」「こっちに来て」などの強い指示ではなく、「〜しましょうか?」「ご一緒に〜してみましょう」など、協力を促すような語尾や言い回しにすることで、ご利用者様の気持ちに寄り添う姿勢を表すことができます。
タメ口で話すことはもってのほかかと思います。
認知機能に応じた配慮
認知症や記憶障害を抱えるご利用者様には、声かけの内容も工夫が必要です。「一文一意」で話し、抽象的な表現を避け、具体的で短い言葉を選ぶと効果的です。また、必要であれば繰り返し丁寧に伝えることも忘れずにしてください。
一度で伝わらないからといってイライラしたり、、キツく当たって言ったりすることは絶対にやめましょう。
声かけによる変化の実例
たとえば、筆者が担当した80代後半の女性(要介護3)のケースでは、初回の訪問時に移乗介助を強く拒否され、「触らないで」と怒るような場面もありました。長期間ベッド上の生活が続いており、ご本人の中には「動いたら危ない」「迷惑をかけたくない」という恐怖や遠慮の気持ちがあったようです。
このようなケースに対して、介助のたびに次のような声かけを根気よく続けました。
- 「今から少しだけ体を起こしますね」
- 「動かなくて大丈夫です、私がサポートします」
- 「ありがとうございます。とても上手にできていますよ」
こうした声かけを一貫して行った結果、数日後にはご本人から「今日は座ってみようかな」という前向きな言葉が出るようになりました。やがて立ち上がりやトイレへの移動にも少しずつ協力的になり、今では日中は車いすに移乗して過ごす時間が増えています。
このように、声かけひとつでご利用者様の心がほぐれ、「できること」が増えていく可能性があるので、声かけの力には非常に大きなものを感じました。
まとめ
介助の技術がいくら優れていても、「言葉ひとつ」でご利用者様の気持ちは大きく変わります。実際、安心できる声かけがあるだけで、ご利用者様が不安を和らげ、動作に前向きになれることは珍しくありません。
だからこそ、「安心感を与える声かけ」は、介護・看護の現場において非常に重要な“心のケア”のひとつです。
今回ご紹介した5つの言葉:
- 「今から○○しますね」
→ 不意な動作による驚きや恐怖を防ぎます。 - 「ご自分のペースで大丈夫ですよ」
→ 焦りや緊張を和らげ、自信を引き出します。 - 「とてもよくできていますよ」
→ 成功体験を積み、自立への意欲を高めます。 - 「何か痛いところはありませんか?」
→ 身体の状態に寄り添うことで、安心感が深まります。 - 「ありがとうございます」
→ 前向きな気持ちを引き出し、ご利用者様の尊厳を守ります。
この5つの言葉を意識して声かけするだけでも、介助の雰囲気が和らぎ、ご利用者様との信頼関係が確実に深まります。結果として、より安全でスムーズで安全な介助にもつながります。
ぜひ、明日からではなく「今日のケア」から実践してみてください。小さな一言が、ご利用者様の安心と笑顔を引き出す大きな一歩になりますよ。
あわせて読みたい記事
声かけ+技術の向上は必須です。技術の向上のための記事もたくさん書いています。合わせて読んでみてください。
▶︎介護技術の基本をしっかり学ぼう!〜まず覚えることは2つだけ〜
また、介護技術はYouTubeでも発信しています。そちらも合わせてみて見てください。
コメント