はじめに
介護現場で「技術」と聞くと、多くの方が【移乗介助】や【オムツ交換】、【食事介助】といった“身体を使った動作”を真っ先に思い浮かべるのではないでしょうか?
実際に現場でも、そうした技術の習得に多くの時間を費やしますし、研修でも繰り返し取り上げられます。
しかし、実はそれらの動作を安全に、効率的に、そしてご利用者様にも介助者にも負担が少ない形で行うために、もっとも重要なのが「環境設定」なのです。
「ベッドの高さを少し変えるだけで、移乗がグッと楽になった」
「福祉用具の位置を見直したら、腰痛が軽くなった」
このような現場の声は、決して珍しくありません。
どれだけ優れた技術を持っていても、周囲の環境が整っていなければ、その力を十分に発揮できませんし、事故の原因にもなります。逆に、環境がきちんと整っていれば、経験が浅い職員でもスムーズに、そして安全に介助が行えるようになります。
この記事では、介護技術における「環境設定」の重要性と、実際に現場ですぐに実践できるポイントをわかりやすく解説していきます。
ご利用者様の自立支援はもちろん、介助者の身体的負担の軽減やチームケアの質の向上にもつながる、環境設定の考え方をぜひ見直してみましょう。
なぜ「環境設定」が介護技術の中で最も重要なのか?
介護の現場では、移乗介助・更衣・排泄・食事など、日常生活に密着したさまざまな動作が求められます。そうした場面で「技術」に目が向きがちですが、実はそれ以前に整えるべき大切な要素があります。
それが「環境設定」です。
多くの方が見落としがちですが、介護の成功は環境で8割決まると言っても過言ではありません。なぜなら、介助動作のほとんどは「人の力」だけでなく、「物理的な環境」に大きく左右されるからです。
環境が悪いとどうなる?
具体例を挙げてみましょう。
- ベッドの高さが合っていない
⇒ベッドが低すぎると介助者が腰を深くかがめる姿勢になり、腰痛リスクが上昇。
⇒ベッドの高さが高すぎると、うまく力を使うことができず、結果的に腰痛リスクが上昇。 - 車椅子の位置が遠い
⇒ご利用者様が手を伸ばして車椅子を掴もうとし、遠い分、不安定になり転倒リスクが増加。
⇒移乗した後、浅く座りすぎて転落リスクの増加。 - 車椅子の位置が近い
⇒アームサポートにお尻がぶつかり移乗ができない(アームサポートが跳ね上がらないタイプの場合) - 車椅子の角度が浅い
⇒移乗した後、浅く座りすぎて転落リスクの増加。 - 車椅子の角度が深すぎる
⇒移動距離が長くなり転倒リスクが増加。 - スペースが狭い、物が散乱している
⇒ 足元の不安定さや視界の妨げとなり、介助者・ご利用者様ともにケガの可能性。
これらはすべて「環境」が原因で生じる問題です。
どれほど丁寧で正確な技術を持っていても、“環境が整っていなければ”その力は発揮されません。
環境が整うと、介護の質は一気に向上する
逆に言えば──
- ベッドや車椅子の高さ・位置が適切で、
- 必要な道具が手の届くところにあり、
- スペースにゆとりがあって、明るく清潔な空間であれば、
それだけでご利用者様の動きがスムーズになり、介助者の負担も劇的に軽減されます。結果として、安心・安全・快適な介護が実現するわけです。

介護技術の土台は「環境づくり」
まずはベッドの高さ調整から始めよう
介護の現場では、「技術」や「知識」ばかりに目が行きがちですが、その土台となるのは環境づくりです。特に、ベッドの高さの調整は、経験値のあるなしに関わらず、誰にでもできるもので、ご利用者様にも介助者にも大きな影響を与える重要なポイントです。
介助動作に合わせて高さを変えるのがコツ
介助の種類によって、ベッドの適切な高さは異なります。以下のように場面ごとに調整すると、より安全・快適なケアが可能です。
- 移乗介助のとき
→ ご利用者様の足底がしっかり床につく高さ。低すぎると、立ち上がり時に余分な力が必要となるので、踵がほんの少し浮くくらいでもいいです。
→ 足底が安定することで、立ち上がりがスムーズになります。
- オムツ交換や更衣のとき(ベッドの上で行う介助)
→ 介助者の腰の高さまで上げる
→ 腰をかがめずに作業できるため、身体的負担(特に腰)を軽減できます。
高さ調整機能がないベッドでも工夫はできる
ご家庭や施設によっては、高さ調整ができないベッドもあります。その場合でも、次のような方法で工夫することが可能です。
- ベッドの脚下に高さ調整ブロックを設置※
- ご利用者様の足元に踏み台を置くことで、床に足が届くようにする
⇒その状態で移乗することは危険ですが、座位を安定させたい場合などには有効的 - マットレスの厚みで微調整する(薄型→厚型など)
車椅子の「位置」と「角度」は合っているか?
移乗介助において、「車椅子の位置や角度」は非常に重要なポイントです。
どんなに技術があっても、環境設定が適切でなければ、ご利用者様にも介助者にも大きな負担がかかります。
車椅子設置の基本ポイント
まずは、車椅子の基本的なセット方法をおさらいしましょう。
- ベッドと車椅子を約30度の角度で近づける
- 車椅子と利用者様との距離は拳が1つから2つ程度
- 車椅子の座面が低すぎる場合は、あらかじめクッションなどで高さを調整
- アームサポート・フットサポートは事前に跳ね上げるか取り外す(可能なものは)
- サイドブレーキは左右とも必ずロックしておく
車椅子の「位置」によるリスクと影響
適切な位置に車椅子を置けていないと、以下のような介助時のトラブルやリスクが生じます。
- 車椅子の位置が遠すぎる場合
⇒ご利用者様が車椅子を掴もうとして手を伸ばし、バランスを崩して転倒のリスクが高まる
⇒座った後に深く座れず前方へずり落ちる危険がある
⇒介助者が抱え込むような姿勢になり、腰への負担が増す - 車椅子の位置が近すぎる場合
⇒ご利用者様のお尻がアームサポートにぶつかってしまい、移乗が困難になる
⇒跳ね上げ式でない場合、アームサポートが邪魔になって失敗しやすい
⇒無理な角度からの移乗になり、不自然な動きで身体に負担がかかる
車椅子の「角度」による影響
移乗時の車椅子の角度も非常に重要です。角度が浅すぎたり深すぎたりすることで、移乗動作が難しくなります。
- 角度が浅すぎる(車椅子がベッドに対して平行に近い)
⇒座面に浅く座ってしまうことが多く、前方への転落リスクが高まる
⇒ご利用者様が体重をうまく前に移動できず、動作が不安定になる
- 角度が深すぎる(ベッドに対して直角に近い)
⇒介助者の姿勢も無理になりやすく、腰痛の原因にも
⇒ご利用者様が移動する距離が長くなりすぎて不安定になる
⇒移乗動作に余計な力が必要になり、失敗の可能性が増加
車椅子の適切な「位置」は:車椅子とご利用者様との距離が拳1つから2つ程度
車椅子の適切な「角度」は:約30度の角度です

動線を確保しよう
移乗介助や日常のケアを行ううえで、「動線の確保」はとても重要な要素です。
車椅子や歩行器といった福祉用具がスムーズに通れるためには、最低でも60〜80cm程度の幅が必要とされています。
動線が狭いと、ご利用者様が不安定な動作を強いられるだけでなく、介助者自身の動きも制限され、適切な姿勢がとれなくなることがあります。
動線確保のポイント
以下の点に注意するだけで、安全性と介助のしやすさがぐっと向上します。
- ベッド周りの床に物を置かない
→ 足元に物があると、つまずきや転倒のリスクが高まります。
→ 物を踏んでバランスを崩すこともあるため、こまめな整理整頓を心がけましょう。 - カーテンや電気コード類にも配慮を
→ ふとした拍子に引っかかったり、車椅子が絡まったりする可能性があります。
→ カーテンが垂れすぎている、コードがたるんでいる…などの状況は日常的にチェックを。
→また、そういった場所には埃も溜まりやすく、衛生的にもよくありません。
ちょっとした配置が大きな差を生む
導線確保のための環境設定は、単なる“整理整頓”ではありません。
ベッドや家具、用具のわずかな配置の違いが、介護技術の精度とご利用者様の安全性を大きく左右します。
「なんとなく」で決めるのではなく、「ここでどう動くか?」をイメージして配置することが、安全で効率の良い介護の第一歩です。
環境設定は「腰痛予防」にも直結
介護職にとって慢性的な悩みのひとつが腰痛です。
厚生労働省の調査でも、介護職の職業病トップとして毎年挙げられるほど、現場では深刻な問題になっています。
しかし、その腰痛の原因が必ずしも「技術不足」だけとは限りません。
実は、環境設定の不備が原因であるケースも少なくないのです。
例えば、こんな場面に心当たりはありませんか?
- ベッドが低すぎて、つい前かがみ姿勢になってしまう
- 車椅子が遠くて、ご利用者様を引き寄せるのに余計な力が必要になる
- 道具の準備不足で、焦って無理な体勢で介助をしてしまう
こうした状況はすべて、「環境設定を怠った」ことによるリスクです。
逆に言えば、環境を整えることで腰への負担を大きく減らすことができるのです。
体を守るために、今すぐできること
介護は“力仕事”というイメージがありますが、本当に大切なのは正しい技術と環境づくりです。
特にベッドの高さ・移乗スペース・動線などを意識するだけで、体への負担はぐっと軽減されます。
腰を守るために必要な考え方やグッズ、トレーニング方法はいろいろ紹介していますのでチェックしてみてください。
👉 腰痛予防|腰痛予防グッズ|トレーニング

環境設定=「チーム介護」の土台
介護は、一人だけの力で成り立つものではありません。
特に施設や病院など多くの人が関わる場所では、日勤・夜勤・パート・非常勤など、さまざまな立場のスタッフが関わる中で、ご利用者様に安全で一貫したケアを提供するための土台となるのが、「環境設定」です。
一人だけが使いやすい配置ではなく、誰が見ても分かりやすく、誰が使っても安全な環境を整えることが、チーム全体の質を高めることにつながります。
チームで意識したい環境整備のチェックポイント
- 夜勤帯でもベッドや車椅子の位置が適切か
→ 昼間と環境が変わっていないかを確認。暗い中でも安全に介助できる状態に。 - 誰が見ても動線が明確か
→ モノが散らかっていないか?動線が家具やコードでふさがれていないか?
→ 初めて現場に入るスタッフでも迷わず動ける環境が理想です。 - 転倒リスクがないように整理整頓されているか
→ 使った物品を出しっぱなしにしない、床に荷物を置かない、コード類は束ねるなど、基本的な整備が重要。
環境を「共有する」意識が、チームの質を高める
環境設定は、特定のスタッフだけが意識すればいいものではありません。
全員が共通認識を持ち、使いやすく整った環境を「引き継ぐ・守る・整える」ことで、自然とチームの動きがスムーズになります。
さらに、ご利用者様にとっても、「どのスタッフでも安心して任せられる」という信頼感の積み重ねにもなります。
まとめ
介護技術の一番のカギは「環境設定」です。
介護技術というと、つい「手の動かし方」や「力の入れ方」といったテクニック面ばかりに意識が向きがちです。
しかし実際の現場では、どれだけ高度な技術を持っていても、環境が整っていなければその力を十分に発揮することはできません。
例えば──
- ベッドが低すぎて、前かがみになる姿勢が続く
- 車椅子の位置が悪く、無理な動きになってしまう
- 周囲に物が散らかっていて、足場が不安定
こうした“ちょっとした環境の悪さ”が、ご利用者様の不安や介助者の負担を生み出す大きな要因となります。
「困ったときは環境を見直す」ことから始めよう
もし現場で「動きにくい」「なんだかうまくいかない」と感じたら、まずは自分の動きではなく“周囲の環境”を見直してみてください。
- ベッドや用具の高さは合っているか
- 動線は確保されているか
- 誰が見ても分かる配置になっているか
こうした環境を整えるだけでも、介助の負担は大きく軽減され、安全性・効率・安心感が格段に向上します。
介護の現場では、技術ももちろん大切ですが、
その技術を最大限に活かすための「環境づくり」こそが、真の介護力とも言えるのです。
明日からのケアに、ぜひ“環境設定”という視点を加えてみてください。
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