はじめに
階段昇降は、私たちの日常生活の中でも特に身体の負担が大きい動作のひとつです。また、転倒リスクの高い動作の一つでもあり、かつ転倒などをした場合は大きな怪我につながる可能性が非常に高く、特にご高齢の方や片麻痺、関節痛、筋力低下がある方にとって、階段の昇り降りは一つ間違えば、骨折などの大きな怪我に繋がる可能性があります。
今回は、理学療法士の資格を持つ筆者の視点から、安全で実践的な階段昇降の方法について解説していきます。杖を使った方法を中心に、状態に応じたサポートのポイント、家庭でできる準備、階段環境の整備などもご紹介て行きますね。
階段の昇り降りがなぜ難しいのか
階段昇降は、平地歩行とは異なり、次のような要素が加わることで動作の難易度が一気に高まります。
- 下肢の筋力と関節可動域が求められる
特に股関節・膝関節・足関節の筋力と可動域が重要です。
階段を昇るには重力に逆らう力が必要で、下肢全体の筋力を使います。段差の高さによっては可動域が足りないと昇り降りが難しくなります。
関節の可動域に制限がある場合、横向きに昇り降りするなどの代償動作を用いることもあります。 - 上下の体重移動が必要
平地歩行と異なり、階段昇降では上下方向への重心移動が加わります。そのため、バランスのコントロールが難しくなり、転倒リスクが高まります。 - 支持基底面の狭小化による不安定さ
階段では片足で立つ時間が長くなるため、支持基底面(体を支える足の接地面)が狭くなります。
平地歩行なら“すり足”などでごまかせても、階段では必ず片足立ちが必要です。これがバランスを崩しやすい原因となります。
手すりの使用などによって、安定性を補うことが重要です。 - 視覚と空間認知の活用が必要
階段昇降では、段差の位置や深さを正確に把握する必要があり、視覚や空間認知能力も求められます。階段を踏み外したり、浅く踏み出してしまったりすると大きな事故につながります。 - 片麻痺の影響
片麻痺のある方は、左右の筋力や感覚に差があるため、動作が左右非対称になりやすく、さらに難易度が上がります。
「歩行」に関しての記事はこちらで詳しく解説していますので、併せて読んでみてください。
▶︎【介護職必見】PTが教える!基本的な歩行介助
杖の選び方と基本の持ち方
杖の選び方
階段昇降に適した杖は、高さ調整が可能で、軽量でしっかりとグリップできるものがおすすめです。一般的には市販の伸縮式杖や、切って長さ調節できるタイプでも問題ありません。
杖の高さは、「大転子(お尻の横の骨の出っ張り)の高さ」に設定するのが基本です。骨盤と勘違いされる方が多いですが、骨盤ではなく大腿骨(太ももの骨)の骨の出っ張りです。これは自然な姿勢で歩行できるようにするための基準となります。肘が約30度程度曲がる位置で杖が地面に接するように設定します。長すぎても短すぎても、バランスが崩れやすくなるため注意しましょう。

杖の持ち方
杖は患側(悪い側)の足と反対の手で持つのが基本です。
例:左膝に痛みがある → 右手で杖を持つ
これは、健側(良い側)で体重を支え、患側の負担を軽減するためです。意外とドラマなどでは逆で持っていることもありますが、実際の介護やリハビリの現場では正しい方法で使用することが必須です。
階段昇降では筋力が必要ですので、平地歩行時以上に気をつけて杖を持つ側は注意してください。
間違った側で持つと、転倒などのリスク以外にも、関節の負担が増えてしまい、関節痛が悪化することもあります。持つ側の意識ひとつで負担軽減になりますので、気にしてみてください。
階段の上り方、下り方:2つの実践パターン
パターン1:2足1段(にそくいちだん)
「2足1段(にそくいちだん)」とは、階段の昇降時に常に1段ごとに両足をそろえて動作する方法です。主に筋力低下やバランスの不安がある高齢者や、関節痛がある方、リハビリ中の方に推奨される基本的な昇降方法です。
上りの時:
- 杖(または手すり)と良い側の足を先に出す
- 次に、悪い側の足を同じ段にそろえる
- これを1段ごとに繰り返す
下りの時:
- 杖と悪い側の足を先に降ろす
- 次に、良い側の足を同じ段にそろえる
- 一段一段、ゆっくり確実に
【メリット】
- バランスを崩しにくく、転倒予防につながる
- 両足をそろえることで、安定した動作ができる
- 杖や手すりを併用することで、より安心
【注意点】
- 動作が遅くなるため、焦らず時間に余裕を持つ
- 杖や手すりの使い方を間違えると危険
- 足元をしっかり確認しながら昇降する
この「2足1段」は、安全第一で行動するための基本です。
パターン2:1足1段(いっそくいちだん)
「1足1段(いっそくいちだん)」とは、階段の昇降時に1段ずつ段を昇り降りする方法です。一般的に障害等のない方は皆さんそうされていると思います。筋力低下やバランスの不安が少ない高齢者や、関節痛が軽度もしくは痛みのない方、リハビリが順調に進み次の段階に進む方に推奨される基本的な昇降方法です。
上りの時:
- 杖(または手すり)と同時にどちらかの足を先に出す
- 次に、もう片方の足を次の段に踏み出す
- これを1段ごとに繰り返す
下りの時:
- 杖とどちらかの足を先に降ろす
- 次に、もう片方の足を次の段に降ろす
- 一段一段、ゆっくり確実に
【メリット】
- 2足1段に比べ、素早い動作が可能
- 筋力低下の予防につながる
- 杖や手すりを併用することで、より安心
【注意点】
- 2足1段に比べて支持基底面が狭く、バランス能力が必要
- 急いだり焦ったりすると危険
- 足元をしっかり確認しながら昇降する
- 一段一段確実に
杖を出すタイミング
- 杖→1歩目→2歩目
- 杖・1歩目同時→2歩目
不安定感の強い方は1の手順で行ってください。ある程度、筋力がありバランス面の不安も少ない方は2の手順でも問題ないかと思います。

基本動作と注意点(補足解説)
階段昇降の基本的な動作の覚え方として、昔から「行きは良い良い、帰りは怖い」という言葉があります。これは、昇りは“良い足”から、降りは“悪い足”からという、動作の原則を覚えるための非常に有効なフレーズです。
昇りは「良い足から」
階段を昇るときは、筋力のある健側(良い側)から上ることで、段差を上る際の体重支持や踏み込みに安定性が生まれます。良い側の足で体を引き上げるイメージです。
降りは「悪い足から」
逆に階段を降りるときは、患側(悪い足)から先に下ろすことで、体重負荷を良い側にかけられるため、関節への負担を減らすことができます。患側と杖を同時に段差へ降ろし、その後に良い側の足を揃える「2足1段」の基本がここで生きてきます。
理学療法士の視点からの補足
- 筋力や関節可動域の制限がある方でも、「2足1段」で順序さえ守れば、安全に昇降できます。
- 段差が高く感じられる場合でも、良い側の足を支点にすることでバランスが保ちやすくなります。
- 患側の膝が全く曲がらない場合でも、杖や手すりの使用と2足1段の動作により、階段昇降が可能になります。
- 実際のリハビリ訓練では、事前に平地での踏み台昇降練習を行うことから始めます。
注意点まとめ
- 杖は必ず悪い足と反対の手に持つ
- 手すりがある場合は、悪い足と反対の手で手すりを持ち、杖は悪い足側の手でもつ
- 階段の幅や高さ、滑りやすさなど環境面の安全確認を忘れない
- 靴やスリッパも滑り止め付きのものを選ぶ(できればスリッパは履かないこと)
- 可能であれば、介助者が背後や側方で見守りながら昇降を行うのが理想的(場合によっては介助も)
手すりの活用方法
手すりがある場合
- 手すりのある側の手で手すりを持ち、反対の手で杖を持つ
- 両側に手すりがある場合で、片方しか届かない場合は、悪い足と反対の手で手すりを持つ
- 階段の幅が狭い場合は、杖を使わず手すりに全体重をかけて昇降する場合も
- 腕の障害がある場合は、良い方の手で手すりを持つ

杖か手すりか
- 手すりを優先
- 手すりがあっても、上肢(腕)の麻痺側や怪我している側になる場合は、使える腕で手すりを持つ
エスカレーターは使わない方がいい?!
高齢者や足腰が弱い方に伝えたい本当の危険性!
日常生活の中で、階段の代わりに便利な移動手段として使われるエスカレーター。しかし、足腰に不安がある方、リハビリ中の方、高齢者の方にとっては“使ってはいけない乗り物”になり得ます。
実際、エスカレーターでの転倒や転落事故は年々増加傾向にあり、中には頭部を強打して大けが、または命に関わる重大事故になるケースも少なくありません。
エスカレーターが危険な理由
① 鋭い段差が致命傷になりうる
エスカレーターの段差部分は鋭利になっており、転倒して頭や顔を打つと、通常の階段よりも大きな外傷につながります。頭部打撲や裂傷、骨折といった事故が多く報告されています。
② 自動で動いているため、転倒後に危険が増す
さらに怖いのは、動いている機械に巻き込まれるリスク。転倒した際に衣類やカバン、ストールなどが巻き込まれ、首が絞まる・引きずられるといった非常に危険な状況も現実に起こっています。
実際に、死亡事故にまで至ったケースも報告されており、決して軽視できません。
足腰に不安がある方は「基本的に使わない」が鉄則
理学療法士の立場からお伝えすると、足に痛みがある方や片麻痺・筋力低下がある方にとって、エスカレーターの乗降動作は非常に不安定でリスクが高い動作です。
- 乗る瞬間に足がもたつく
- バランスを崩して後方に転倒
- 降りるときに一歩目が出せず、足が絡まる
これらの場面は、日常でよく起こる“ヒヤリ”体験ですが、それが命取りになることもあります。

それでもエスカレーターを使わないといけないときは?
やむを得ずエスカレーターを利用する場合には、以下のポイントを必ず守ってください。
乗るとき・降りるときは必ず「良い足」から
- 昇るとき → 良い足でステップに乗る
- 降りるとき → 良い足で一歩を踏み出す
これは、エスカレーターの速度変化に対応するために非常に重要です。悪い足(患側)では咄嗟の対応が難しく、ぐらつきや転倒につながるためです。
手すりをしっかり持つ
常に手すりに手を添えておくことで、バランスを崩してもすぐに支えられる状態を作ります。可能であれば、介助者が付き添うか、背後で見守る体制が安心です。
できるだけ「階段(手すり付き)」か「エレベーター」を選びましょう
- エスカレーターは構造的にも動作的にも、足腰に不安のある方には非常に危険な移動手段です。
- 転倒・巻き込み・転落など、重大な事故につながるリスクが高く、死亡例もあるため、できる限り使用を避けましょう。
- やむを得ず使う場合は、「良い足から」乗り降りし、必ず手すりを使うことが鉄則です。
命を守るためにも、階段(2足1段)やエレベーターの利用を優先し、安全な生活動作を身につけましょう。
関節痛や術後リハビリ中の方へのアドバイス
膝や股関節に痛みがある方は、以下の点に注意していただくと負担軽減につながります。
- 杖と手すりを併用し、常に3点支持で動く
- 無理に膝を曲げずに、足全体で体重を支える
- 階段の段差が大きい場合は介助を受ける、または昇降補助器具を使う
前十字靱帯(ACL)損傷や断裂の術後や、人工膝関節置換術(TKA)後の方は、初期段階では必ず一段ずつ昇降すること、つまり2足1段を心がけてください。
環境整備と家庭での準備
家庭の階段を安全に使うために、以下の整備が効果的です。
- 階段の踏み面に滑り止めシートを貼る
- 夜間はセンサーライトで足元を明るく保つ
- 手すりをつける(広さ的に可能であれば左右両方に)
- 初期段階では介助者が後方または横につく
また、場合によっては、そもそも階段を使わなくて済む生活環境を整えることも重要です。たとえば、寝室を1階に移す、もしくは寝室・ダイニング・トイレ・浴室などの生活に必要な空間をひとつの階に集約することで、階段の上り下りを減らすことができます。
これは、転倒や事故のリスクを減らすだけでなく、日常生活そのものの負担を大きく軽減できる工夫です。
ご本人の状態やご家族の生活動線に合わせて、住環境を柔軟に見直すことが、安全で安心な暮らしにつながります。
環境の整備は、転倒予防の観点から非常に重要です。
まとめ
安全な階段昇降は”自立”の一歩です。
階段昇降は、単なる移動手段ではなく、自立と尊厳を守る大切な動作です。正しい方法を学び、安全な環境を整えることで、ご本人様も介助者も安心して生活を送ることができます。
- 杖の選び方と持ち方
- 上り下りそれぞれの基本動作
- 手すりの使い方
- 関節痛や片麻痺がある方への配慮
これらを総合的に実践することで、転倒や怪我のリスクを大きく減らすことが可能です。
日々のリハビリや介護の中に、階段昇降の練習を取り入れ、安全で快適な生活を目指しましょう。
YouTubeでも階段昇降基本は配信していますので、そちらも併せてご視聴いただけると嬉しく思います。
▶︎【階段昇降】基本編〜階段昇降時の注意点・動作手順〜
https://youtu.be/zA9s6-sr8iY?si=RS7RBXUTMYIPQGwp

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