はじめに
片麻痺や高次脳機能障害のあるご利用者様の介助は、
「いつも通りの介助」が思わぬ事故につながりやすい分野です。
実際の現場では、
- 麻痺側の腕を優しく支えたつもりが、肩を痛めてしまった
- 声かけしているのに動いてくれず、介助者が焦ってしまう
- 危ないと思って全部介助した結果、かえって立ち上がりが不安定になった
このような経験をしたことがある介助者の方も多いのではないでしょうか。
片麻痺や高次脳機能障害がある場合、
問題になるのは「筋力の低下」だけではありません。
- 動かし方がわからない
- 片側に気づけない
- 指示を同時に処理できない
といった “見えにくい障害特性” が、介助の難しさを大きくしています。
この記事では、
理学療法士の視点から、
- 片麻痺・高次脳機能障害の基本的な考え方
- 介助中に特に注意すべき場面
- 現場でよくあるNG介助と、その改善ポイント
を、明日から現場で実践できる形で解説していきます。
「なぜうまくいかないのか」
「どうすれば安全に介助できるのか」
その答えを、一つずつ整理していきましょう。
片麻痺・高次脳機能障害とは(最低限の基礎知識)
介助を安全に行うためには、
まず「何が起きているのか」を大まかに理解しておくことが大切です。
片麻痺とは何か(運動・感覚・筋緊張)
片麻痺とは、主に脳卒中などが原因で、
身体の左右どちらか一方が動かしにくくなる状態を指します。
「筋力が弱い状態」とイメージしている方も多くいらっしゃいますが、
実際にはそれだけではありません。
運動の問題
- 力が入りにくい
- 思った通りに動かせない
- 動作のタイミングがずれる
そのため、
「立ち上がろうとしているのに、身体がついてこない」
といった場面がよく見られます。
感覚の問題
- 触られていることに気づきにくい
- 足が床についている感覚が分かりにくい
- 麻痺側の位置を把握しづらい
介助者が「足、ちゃんと出てますよ」と思っていても、
ご利用者様本人は出している感覚がないこともあります。
筋緊張の問題
- 筋肉が過剰に緊張して硬くなる
- 特定の姿勢で腕や足が突っ張る
この状態で無理に動かそうとすると、
痛みや関節トラブルにつながりやすくなります。
「動かない」のではなく、「うまく動かせない」状態
これが片麻痺の基本的な考え方です。

高次脳機能障害とは何か
高次脳機能障害とは、
記憶・注意・判断・行動のコントロールなど、
脳の“考える・気づく力”がうまく働かなくなった状態です。
外見だけでは分かりにくいため、
介助の難しさにつながりやすい特徴があります。
ここでは、現場で特に影響の大きいものを紹介します。
注意障害
- 周囲の状況に注意を向け続けられない
- 声かけに反応が遅れる
- 途中で動作が止まる
介助者から見ると
「話を聞いていない」「やる気がない」
ように見えてしまうこともありますが、
注意を保つ力が低下し、集中が持続しない状態です。
半側空間無視
- 麻痺側の空間に気づきにくい
- 片側の物や人を認識しない
例として、
- 車椅子の麻痺側フットサポートに足を乗せ忘れる
- 麻痺側のブレーキをかけ忘れる
- 麻痺側の食べ物を食べ残す
といったことが起こります。
見えていないのではなく、「存在に気づけない」状態です。
失行
- やり方は分かっているのに、動作ができない
- 順序立てて身体を動かせない
「ズボンを上げる」「立ち上がる」といった
日常動作でも、急にできなくなることがあります。
この場合、
「どうやるんでしたっけ?」と聞かれても説明できない
という特徴があります。
例として、
- 「歯を磨きたい」とわかっていても歯ブラシを口に運べない
- ズボンを頭から被ってしまう
といったことが起こります。
遂行機能障害
- 物事を段取りよく進められない
- 次に何をすればいいか分からなくなる
トイレ動作や更衣など、
複数の工程がある介助場面で特に影響します。
例として、
- 料理の段取りが分からなくなる
- 手際が良かった仕事でミスが増える
- 計画通りに進められない
といったことが起こります。
介助で大切な視点
片麻痺や高次脳機能障害があるご利用者様は、
- わざとできないわけではない
- 協力していないわけでもない
ということを、介助者が理解しておく必要があります。
「身体の問題」と「脳の問題」が同時に起きている
それが、この介助を難しくしている最大の理由です。
では、実際に事故やトラブルが起きやすい介助場面を整理していきます。
介助で「特に事故が起きやすい場面」
片麻痺・高次脳機能障害のあるご利用者様の介助では、
決まった場面でトラブルや事故が起きやすいという特徴があります。
それは介助者の技術不足というより、
障害特性と動作がぶつかりやすい瞬間があるからです。
ここでは、現場で特に注意が必要な場面を整理します。
立ち上がり・着座
立ち上がりや着座は、
転倒が最も起こりやすい動作の一つです。
- 麻痺側に体重が乗らない
- 前方への重心移動が不十分
- タイミングが合わないまま動き出す
この状態で介助者が急いで支えると、
身体が後方に倒れたり、横に崩れたりします。
また、高次脳機能障害がある場合、
- 立ち上がる準備ができていない
- 座る場所の位置を把握できていない
といったことも起こりやすく、
「今はまだ動くタイミングではない」ことがよくあります。
移乗介助
ベッドから車椅子、車椅子からトイレなど、
移乗介助は事故のリスクが最も高い場面です。
- 麻痺側の足が置き去りになる
- 上半身だけ先に動いてしまう
- 方向転換中にバランスを崩す
特に注意したいのは、
麻痺側の腕や体を“支点”にしてしまう介助です。
一見、安定しているように見えても、
関節や筋肉に大きな負担がかかり、
痛みや二次障害につながることがあります。
また、麻痺側の足底がしっかり床に設置していない状態も多く、
いつも以上に、足の位置を確認する必要があります。
トイレ・更衣動作
トイレや更衣は、
- 立つ
- 方向を変える
- 服を操作する
といった複数の動作が連続します。
高次脳機能障害があると、
- 次に何をすればいいか分からなくなる
- 動作が途中で止まる
- 焦って無理に動こうとする
といったことが起こりやすくなります。
介助者が「早く終わらせたい」と焦るほど、
転倒や引っかかりのリスクは高まります。
歩行・方向転換
歩行自体は安定して見えても、
方向転換や狭い場所でバランスを崩すケースが多くあります。
- 麻痺側への注意が抜ける
- 足が出ていないことに気づかない
- 周囲の環境を認識しきれない
特に訪問現場では、
家具や段差などの影響も大きくなります。
「歩けているから大丈夫」と判断せず、
当たり前のことですが、危険が増える場面こそ注意することが重要です。
半側空間無視のある方は、麻痺側の身体の一部をぶつけてしまうなど、
転倒に至るケースも多く、特に注意が必要です。
事故が起きやすい理由
これらの場面に共通しているのは、
- 動作が複雑
- 判断や注意が必要
- 介助者とご利用者様のタイミングがズレやすい
という点です。
続いて、片麻痺のあるご利用者様の介助で特に注意すべきポイントを、具体的に解説していきます。

片麻痺のあるご利用者様の介助の注意点
片麻痺のあるご利用者様の介助では、
「動かそう」「立たせよう」とする意識が強くなりがちです。
しかし実際には、
介助者の関わり方ひとつで、動きやすさも危険性も大きく変わります。
ここでは、特に重要な3つのポイントを整理します。
麻痺側を“無理に使わせない”
介助の場面でよく見られるのが、
麻痺側の腕や体を引っ張って動作を助けようとする介助です。
一見すると、
- 体が起きる
- 立ち上がれそう
に見えるかもしれませんが、実は非常に危険です。
引っ張る・支点にする危険性
片麻痺のあるご利用者様は、
麻痺側の筋肉や関節を自分でコントロールできない状態にあります。
そのため、
- 麻痺側の腕を引っ張る
- 腋の下に手を入れて支点にする
といった介助は、
関節に直接負荷をかけることになります。
肩関節亜脱臼・疼痛リスク
麻痺側の肩は、
- 筋肉で関節を支えにくい
- 関節が不安定
という特徴があります。
そこに引っ張る力が加わると、
- 肩関節亜脱臼
- 肩の痛み
- 動かすこと自体が怖くなる
といった二次的な問題につながります。
麻痺側は「使わせる」のではなく、「守る」意識
これが介助の基本です。
健側の使いすぎにも注意
片麻痺があると、
どうしても健側ばかりを使う動作になりがちです。
しかし、健側に頼りすぎることも、
安全面では大きなリスクになります。
健側依存 → 転倒リスク増大
健側だけで立ち上がろうとすると、
- 身体が横に流れる
- 重心が外に逃げる
- バランスを崩しやすい
といった問題が起こります。
介助者が「自分で立てていますね」と感じても、
実際には非常に不安定な状態であることも少なくありません。
そもそも「健側」は健康とは限らない
介助の現場ではよく「健側」という言葉を使いますが、
健側=健康な側と考えてしまうのは注意が必要です。
脳梗塞などで片麻痺があるご利用者様の場合、
障害があるのは麻痺側だけとは限りません。
- 長期臥床や活動量低下による全身の筋力低下
- 高齢による体力・バランス能力の低下
- 心疾患や整形外科疾患など、他の合併症
こうした影響により、
身体全体が弱っているケースは少なくありません。
そのため、
「健側だから支えられる」「健側だけで立てるはず」
と判断してしまうと、転倒やバランス崩れにつながることがあります。
実際には、「健側」というよりも
「非麻痺側(麻痺がない側)」
と捉えた方が、現場感覚としては近いかもしれません。
非麻痺側も決して“健康な側”ではない
この視点を持つことが、安全な介助につながります。
介助者が身体の動きを誘導する意識
大切なのは、
健側に頼らせることではなく、
身体全体の動きを介助者が誘導することです。
- 上半身を前に倒すタイミング
- 骨盤の動き
- 体重移動の方向
これらを整えることで、
無理のない立ち上がりにつながります。
立ち上がり時の足部・体重移動
立ち上がりがうまくいかない原因の多くは、
足の位置と体重移動にあります。
麻痺側下肢の位置
麻痺側の足が、
- 後ろに引けている
- 外に流れている
この状態では、
安定した立ち上がりは難しくなります。
介助前に、
- 両足が床についているか
- 麻痺側の足が置き去りになっていないか
を必ず確認しましょう。
前方への重心移動を妨げない介助
立ち上がりには、
身体を前に倒す動きが欠かせません。
しかし介助者が、
- 上半身を押さえすぎる
- 後ろから引き上げる
- 上に持ち上げようと介助する
と、前方への重心移動が妨げられます。
結果として、
- 腰だけで立とうとする
- 勢いで立ち上がる
といった危険な動作につながります。
立ち上がり、移乗介助の際の「前に倒れる動き」の大切さを解説した記事もありますので、
こちらの記事も参考にしてみてください。

高次脳機能障害がある場合の介助の注意点
高次脳機能障害があるご利用者様の介助では、
身体機能以上に「関わり方」が安全性を左右します。
動けないのではなく、
気づけない・整理できない・うまく実行できない
その状態を理解することが、介助の出発点になります。
「できない」のではなく「気づけない」
高次脳機能障害のある方に対して、
介助者が最も誤解しやすいのがこのポイントです。
特に多いのが、半側空間無視による影響です。
半側空間無視の具体例
半側空間無視があると、
- 麻痺側にある物に気づかない
- 片側の身体を認識できない
といった状態になります。
例えば、
- 車椅子の麻痺側フットサポートに足を乗せていない
- 麻痺側のブレーキをかけ忘れている
- 麻痺側に置いた手すりや便座が見えていない
介助者から見ると「見れば分かるのに」と感じる場面でも、
ご利用者様本人にとっては“存在していない”状態です。
声かけと環境調整の重要性
このような場合、
「ちゃんと見てください」
「そっちですよ」
と声をかけるだけでは、十分に伝わりません。
大切なのは、
- 声かけの方向を健側から行う
- 逆に、あえて麻痺側から声をかけ、麻痺側に注意を向かせる
- 使う物を視界に入りやすい位置に置く
- 介助者自身が立つ位置を調整する
といった環境そのものを整えることです。
同時に複数の指示を出さない
高次脳機能障害がある場合、
複数の情報を同時に処理することが難しいことがあります。
一動作・一指示の原則
現場ではつい、
「立って、体を回して、こっちに座ってください」
「ズボン上げて、向きを変えて、手すり持って」
といった声かけをしてしまいがちです。
しかし、これでは
- どこから始めればいいのか分からない
- 動作が止まってしまう
という状態になります。
介助では、
「まず立ちましょう」
(動作を確認してから)「次は向きを変えます」
と、一つずつ区切ることが重要です。
タイミングを待つ介助
声かけをした後、
すぐに動きが出ないこともあります。
そのときに焦って手を出すと、
- 動作を邪魔してしまう
- 本人の混乱が強まる
ことがあります。
- 声をかけたら、少し待つ。
- 動き始めたのを確認してから次へ進む
失行がある場合の対応
失行がある方は、
- やり方が分からない
- 動作の順序が組み立てられない
という状態にあります。
「分かっているはず」と思って関わると、
介助がうまくいかなくなります。
見本を見せる
言葉だけで説明するよりも、
- 実際に動作を見せる
- 介助者が横で一緒に動く
方が、理解しやすい場合があります。
特に、
- 立ち上がり
- 向き替え
- 更衣動作
などでは、視覚的な情報が有効です。
手順を身体で誘導しすぎない
一方で、
- 手足を無理に動かす
- 全てを介助者がやってしまう
と、かえって混乱を招くことがあります。
必要なのは、
- 動作のきっかけを作る
- できる部分は見守る
という関わり方です。
「やらせる」でも「全部やる」でもなく
分かりやすく、少し手助けする介助
これが、失行がある場合の基本姿勢です。
よくあるNG介助と改善例
片麻痺・高次脳機能障害のあるご利用者様の介助では、
良かれと思って行っている介助が、実は危険になっていることがあります。
ここでは、現場でよく見られるNG介助と、
すぐに見直せる改善ポイントを整理します。
麻痺側の腕を掴んで立たせる
→ 体幹・骨盤から誘導する
立ち上がりや移乗の際、
麻痺側の腕や腋の下を支えて立たせようとする介助は、
現場で非常によく見られます。
しかしこの介助は、
- 肩関節への負担が大きい
- 体重が腕にかかってしまう
- 本人のバランス反応が使えない
といった問題があります。
改善のポイントは、
腕ではなく、体幹や骨盤の動きを誘導することです。
- 上半身を前に倒す動きを促す
- 骨盤が前に起きる感覚を作る(骨盤を立てるイメージ)
- 立ち上がりのタイミングを合わせる
これだけでも、
無理に引っ張らなくても立ちやすくなります。
「ちゃんと立って!」と繰り返す
→ 動作を分解して声かけ
動きが止まったとき、
つい「ちゃんと立って」「早くして」と声をかけてしまうことがあります。
しかし、高次脳機能障害がある場合、
- 何をどうすればいいのか分からない
- 次の動作が整理できていない
そんな状態であることが多く、
繰り返しの声かけは混乱を強めてしまいます。
改善のポイントは、
動作を細かく分けて、一つずつ伝えることです。
「まず、体を前に倒します」
「次に、足で床を押します」
「今、立ち上がります」
といったように、
今やることを明確にする声かけが有効です。
危ないから全部やってしまう
→ 残存能力を奪わない介助
転倒や事故が心配になると、
介助者がすべての動作を代わりに行ってしまうことがあります。
確かにその場は安全に見えるかもしれません。
しかしこの介助が続くと、
- 動く機会が減る
- 身体機能が低下する
- 自信を失う
といった悪循環につながります。
改善のポイントは、
できる部分は本人に任せることです。
- 立ち上がりの「準備」は見守る
- 危険な部分だけ介助する
- 動作の主役をご利用者様にする
安全な介助のために介助者が意識すべきこと
片麻痺・高次脳機能障害のあるご利用者様の介助では、
特別なテクニック以上に、
介助者の「関わり方」そのものが安全性を左右します。
ここでは、日々の介助で意識しておきたい基本的な考え方を整理します。
焦らせない
動作に時間がかかると、
介助者が先を急いでしまうことがあります。
しかし、
- 焦らせる声かけ
- 急かすような動き
は、ご利用者様の混乱を強め、
転倒やバランス崩れの原因になります。
特に高次脳機能障害がある場合、
- 情報処理に時間がかかる
- 動作の切り替えが苦手
という特性があります。
「待つこと」も介助の一部
そう考えるだけで、介助の質は大きく変わります。
できる動作を奪わない
安全を優先するあまり、
介助者がすべてを行ってしまうことは少なくありません。
しかしそれでは、
- 動く機会が減る
- 身体機能が低下する
- 「自分ではできない」という意識が強まる
といった影響が出てきます。
大切なのは、
- 危険な部分だけを支える
- できる部分は見守る
というバランスです。
介助は「代わりにやること」ではなく、「できるよう支えること」
この視点を忘れないことが重要です。
環境(位置・高さ・物品)を整える
安全な介助は、
介助を始める前から始まっています。
- 車椅子やベッドの位置
- 手すりや物品の高さ
- 足がしっかり床につくか
こうした環境が整っていないと、
どれだけ丁寧に介助しても危険は減りません。
特に片麻痺・高次脳機能障害がある場合、
- 見えにくい
- 気づきにくい
という特性があるため、
環境調整の影響は非常に大きくなります。
「動作を教える前に、環境を整える」
これが安全な介助の土台です。
まとめ|片麻痺・高次脳機能障害の介助は「観察力」が9割
片麻痺・高次脳機能障害のあるご利用者様の介助では、
力や勢いよりも、「よく見ること」が何より大切です。
- 麻痺側を無理に使っていないか
- 健側に頼りすぎていないか
- 指示が多すぎて混乱していないか
- 環境が動作の邪魔になっていないか
こうしたポイントに気づけるかどうかで、
介助の安全性は大きく変わります。
また、
- 動けないのではなく「気づけない」
- 協力しないのではなく「整理できない」
という特性を理解することで、
ご利用者様への関わり方も自然と変わってきます。
介助とは、
無理に動かすことでも、すべてを代わりに行うことでもありません。
その人が持っている力を、引き出し、守り、続けられるようにすること。
そのために必要なのが、
日々の介助の中で培われる「観察力」です。
今日からの介助で、
- 立ち上がり前の姿勢
- 声かけの順番
- 環境のちょっとした調整
これらを意識するだけでも、
ご利用者様の動きは確実に変わってきます。
ぜひ、明日の現場から取り入れてみてください。
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