はじめに
介護現場では、糖尿病を抱えるご利用者様と関わる機会が年々増えています。
一見すると「血糖値の病気」というイメージが強い糖尿病ですが、実際の介助ではそれだけでは済みません。
- 転倒リスクが高い
- 傷が治りにくい
- しびれや感覚低下がある
- 低血糖・高血糖といった急変の可能性がある
こうした特徴は、移乗介助や日常介助の安全性に直結します。
さらに糖尿病が進行すると、足の血流障害や感染をきっかけに足切断・離断に至るケースも少なくありません。足を切断されたご利用者様の移乗介助は、通常の介助以上に「知識」と「技術」が求められ、誤った介助はご利用者様の転倒や、介助者自身の腰痛・ケガにつながるリスクがあります。
しかし現場では、
- 「糖尿病の方の介助で、何に一番気をつければいいのか分からない」
- 「足を切断したご利用者様の移乗が正直怖い」
- 「自己流の介助になっている気がする」
と感じながら、日々の業務に追われている介助者も多いのではないでしょうか。
この記事では、
「知っていれば防げた事故」「もっと楽に、安全にできた介助」を減らすために、明日からの現場ですぐに活かせる視点と技術をまとめています。
糖尿病のご利用者様の安全を守ることは、介助者自身の身体とキャリアを守ることにもつながります。
ぜひ最後まで読み、日々の介助に役立ててください。
糖尿病とは?介護職が最低限知っておくべき基礎知識
糖尿病とは、血液中のブドウ糖(血糖)が慢性的に高くなる病気です。
血糖値を下げる役割を持つホルモン「インスリン」の働きが不足、またはうまく作用しないことで起こります。
介護現場では「糖尿病=食事制限が必要な病気」というイメージを持たれがちですが、実際には全身に影響を及ぼす疾患であり、介助の安全性にも深く関わります。
糖尿病で血糖値が高くなる仕組み
食事をすると、体内では糖が吸収され血糖値が上昇します。
通常はインスリンの働きによって血糖値は適切な範囲に保たれますが、糖尿病では以下の状態が起こります。
- インスリンの分泌量が少ない
- インスリンが分泌されても効きが悪い
- 血糖値が下がりにくい状態が続く
この高血糖状態が長期間続くことで、血管や神経が少しずつダメージを受け、さまざまな合併症につながっていきます。

1型糖尿病と2型糖尿病の違い
糖尿病には主に1型と2型の2種類があります。
1型糖尿病
- 自己免疫の異常により、インスリンを作る細胞が破壊される
- 若年者に多いが、高齢者にもみられる
- インスリン注射が必須
2型糖尿病
- インスリンの効きが悪くなる、または分泌量が不足する
- 生活習慣や加齢が関係する
- 日本の糖尿病の大多数を占める
介護現場で関わるご利用者様の多くは2型糖尿病であり、長年の高血糖によって合併症を抱えているケースが少なくありません。
介護現場でよく見られる糖尿病の特徴
糖尿病のご利用者様には、介助を行ううえで知っておきたい特徴があります。
① 自覚症状が少ない
血糖値が高くても、強い症状が出ないことがあります。そのため、
- 体調不良を訴えにくい
- 不調に気づいた時には悪化している
ということが起こりやすくなります。
② 感覚が鈍くなりやすい
末梢神経障害により、
- 足のしびれ
- 痛みを感じにくい
- 小さな傷に気づかない
といった状態が起こります。これは足のトラブルや転倒事故に直結します。
③ 傷が治りにくい
血流障害や免疫力低下により、わずかな擦り傷でも
- 炎症が長引く
- 感染しやすい
- 悪化して壊疽につながる
といったリスクがあります。
なぜ介護職が糖尿病の知識を持つ必要があるのか
糖尿病は医療の管理だけで完結する病気ではありません。
日常生活の中での介助の質が、合併症や事故を左右する病気です。
例えば、
- 移乗介助で足に過度な負担をかける
- 小さな皮膚トラブルを見逃す
- 低血糖の初期症状に気づけない
こうした積み重ねが、転倒・重症化・足切断といった重大な結果につながる可能性があります。
逆に言えば、介助者が糖尿病の特徴を理解し、
- 体調変化に早く気づく
- 無理のない介助を行う
- 足や皮膚を日常的に観察する
糖尿病のご利用者様に多い合併症と介助への影響
糖尿病で本当に注意すべきなのは、血糖値そのものよりも長期間の高血糖によって起こる合併症です。
これらの合併症は、移乗介助・歩行介助・日常生活動作(ADL)すべてに影響します。
介助者が合併症の特徴を理解していないと、
末梢神経障害があるご利用者様では、
- 「なぜこんなことで転ぶのか」
- 「さっきまで元気だったのに急に様子が変わった」
- 「小さな傷なのに、なかなか治らない」
といった場面に直面しやすくなります。
ここでは、介護現場で特に関わりが深い合併症を中心に解説します。
末梢神経障害|しびれ・感覚低下が介助に与える影響
糖尿病の代表的な合併症が末梢神経障害です。
手足の神経が障害されることで、以下のような症状が出現します。
- 足先のしびれ
- ピリピリ・ジンジンする感覚
- 痛みや熱さを感じにくい
- 足裏の感覚が鈍い
介助への影響
- 足を置く位置が分かりにくい
- 体重がどこにかかっているか分かりにくい
- バランスを崩しても立て直しにくい
といった状態になりやすく、転倒リスクが非常に高くなります。
特に移乗介助では、
「しっかり立っているように見えるが、実は足裏の感覚がほとんどない」
というケースも少なくありません。
➡ 見た目だけで判断せず、支え方・立ち位置を慎重に調整することが重要です。
血流障害|傷が治りにくく、悪化しやすい理由
糖尿病では、血管がダメージを受けることで血流障害が起こります。
特に足先は血流が悪くなりやすく、次のような問題が起こります。
- 傷の治りが遅い
- 感染しやすい
- 皮膚が乾燥しやすい
- 壊疽(えそ)につながりやすい
介助への影響
介助中に起こりやすい、
- ズボンや靴下のこすれ
- 移乗時の圧迫
- 靴や義足による擦過
- 介助中、足の指に怪我をさせてしまう
こうした 小さな刺激が、糖尿病のご利用者様では大きなトラブルにつながります。
介助者が気づかないうちに、
- 皮膚が赤くなっている
- 小さな水ぶくれができている
- 出血している
といったことが起こり、気づいた時には悪化しているケースもあります。
「これくらい大丈夫」は禁物。
皮膚・足の観察は介助の一部と考えましょう。
視力低下(糖尿病性網膜症)による転倒リスク
糖尿病性網膜症は、進行すると視力低下や視野欠損を引き起こします。
- 段差が見えにくい
- 距離感がつかみにくい
- 暗い場所で特に不安定になる
介助への影響
視力低下があると、
- 移乗先の位置が分からない
- いす・ベッドの端が見えない
- タイミングが合わず立ち遅れる
といったことが起こりやすくなります。
➡ 移乗介助では
「ここに座ります」「今から立ちます」など
声かけを具体的にすることが、安全性を高めます。
腎機能低下・全身の倦怠感
糖尿病性腎症が進行すると、
- 疲れやすい
- むくみやすい
- 息切れしやすい
といった症状が出ることがあります。
介助への影響
- いつも通りの介助が急に難しくなる
- 途中で立位保持ができなくなる
- 移乗中に力が抜ける
といった予測しづらい変化が起こりやすくなります。
合併症は「重なって存在する」ことが多い
糖尿病の合併症は、
- 神経障害
- 血流障害
- 視力低下
- 体力低下
が単独ではなく、重なって存在しているケースがほとんどです。
そのため、
- 立てない理由が一つではない
- 転倒リスクが複合的に高い
- 介助の難易度が日によって変わる
という特徴があります。

介助者に求められる視点
糖尿病のご利用者様の介助では、
- 「できる・できない」だけで判断しない
- 合併症を前提に介助を組み立てる
- 無理に動かさず、補助具を積極的に使う
- 特に怪我をさせないために足の位置には注意を払う
この視点が、安全な介助につながります。
糖尿病のご利用者様の介助で特に気をつけるポイント
糖尿病のご利用者様の介助では、「特別な医療行為をする」というよりも、日常の介助をどれだけ丁寧に、安全に行えるかが重要になります。
ここでは、介護現場で特に意識してほしいポイントを具体的に解説します。
体調変化を見逃さない「いつもとの違い」の観察
糖尿病のご利用者様は、体調が悪化してもはっきりした自覚症状を訴えないことが少なくありません。
そのため介助者は、
- 表情がいつもと違う
- 動きが鈍い
- 会話が少ない
- 集中力が続かない
といった小さな変化に気づくことが大切です。
特に移乗介助の前には、
- 「今日は立ち上がりが重そう」
- 「足がふらついている」
- 「いつもより反応が遅い」
と感じたら、無理にいつも通りの介助を行わない判断が必要です。
- 介助方法を変える
- 補助具を使う
- 二人介助に切り替える
- いつも以上に身構えて介助する
こうした選択が、事故予防につながります。
足・皮膚の観察は「介助の一部」
糖尿病のご利用者様では、足や皮膚のトラブルが起こりやすく、しかも悪化しやすい・治りにくいという特徴があります。
特に注意したいポイント
- 足の裏・かかとの赤み
- 指の間のただれ
- 水ぶくれ・小さな傷
- 靴下や靴の圧迫痕
末梢神経障害がある場合、ご利用者様自身が、
「痛くないから大丈夫」
と感じていても、実際には皮膚が傷ついていることがあります。

無理な立ち上がり・移乗をさせない
糖尿病のご利用者様は、
- 筋力低下
- 感覚障害
- バランス低下
が重なっていることが多く、見た目以上に立ち上がりが不安定です。
よくある危険な場面として、
- 「一瞬なら立てそうだから」と支えを減らす
- 勢いで立たせる
- ズボンやおむつをつかんで引き上げる
といった介助があります。
これらは、
- 転倒
- 皮膚損傷
- 介助者の腰痛
につながりやすく、糖尿病のご利用者様では特にリスクが高くなります。
- 立たせる前の準備(姿勢・足位置・環境)
- 立ち上がらせない選択肢(スライド移乗など)
を常に頭に入れておきましょう。
低血糖・高血糖を想定した介助を行う
糖尿病のご利用者様では、介助中や直後に
- 急に力が抜ける
- ふらつく
- 意識がぼんやりする
といった変化が起こることがあります。
これは低血糖・高血糖の初期サインである可能性があります。
介助前後に注意したいサイン
- 冷や汗をかいている
- 顔色が急に悪くなる
- 受け答えが曖昧になる
- 動作が止まる
「疲れているだけ」と決めつけず、一度動作を止めて状態を確認することが重要 です。
介助者の判断がご利用者様の安全を左右する
糖尿病のご利用者様の介助では、
- マニュアル通りにやる
- いつもと同じやり方を続ける
だけでは不十分な場面が多くあります。
その日の体調・足の状態・疲労度を踏まえて、
- 今日はどこまでできるか
- どこから介助を増やすか
- 無理をさせていないか
- 足に傷はできていないか
を常に考えながら介助することが大切です。
「安全第一」が結果的に自立を守る
「介助を増やすと自立を妨げるのでは」と感じる介助者もいるかもしれません。
しかし糖尿病のご利用者様においては、
につながるケースが多くあります。
安全に動ける環境を整えることが、結果的に活動量を保つ
この視点を持つことが重要です。
低血糖・高血糖が起きたときの介助者の対応
― 緊急時に迷わないための判断基準と初期対応 ―
糖尿病のご利用者様を介助するうえで、最も注意すべき急変が「低血糖」と「高血糖」です。
どちらも対応が遅れると、意識障害・転倒・最悪の場合は命に関わるため、介助者は「気づく力」と「初期対応」を必ず身につけておく必要があります。
ここでは、介護現場で実際に起こりやすい場面を想定しながら、
「どこで判断するのか」「何をすればいいのか」を具体的に解説します。
低血糖とは?|介護現場で起こりやすい理由
低血糖とは、血糖値が急激に下がった状態を指します。
特に、以下のような場面で起こりやすくなります。
- 食事量が少なかった・食事を残した
- 食事の時間が大きくずれた
- インスリン注射や血糖降下薬を使用している
- 体調不良や発熱、下痢などがあった
- リハビリや移動量が普段より多かった
介護現場では、
「いつもより元気がない」
「反応が鈍い」
といった一見すると分かりにくい変化から始まることが多いため、注意が必要です。
低血糖の主な症状|介助中に気づきたいサイン
初期症状(軽度)
- 冷や汗をかく
- 手が震える
- 顔色が悪い
- 動作が遅い、反応が鈍い
- 「なんとなく気分が悪い」と訴える
進行した症状(中等度〜重度)
- 意識がぼんやりする
- 会話がかみ合わない
- 立ち上がりや移乗時にふらつく
- 意識障害、呼びかけへの反応低下
低血糖が疑われたときの介助者の対応【判断と行動】
① すぐに動作を中止し、安全を確保
- 移乗中であれば、無理に立たせず座位・臥位を確保
- 車椅子・ベッドに安全に戻す
- 周囲に危険物がないか確認
② 意識レベルを確認
- 呼びかけに反応があるか
- 自分で飲み込めそうか
③ 意識があり、嚥下できる場合
- 砂糖、ブドウ糖、ジュースなど糖分を含むものを摂取
- 可能であれば医師・看護師の指示に従う
- 回復後もしばらく安静にして経過観察
④ 意識がない・嚥下が難しい場合
- 口から飲食物を与えない
- すぐに看護師・医療職へ連絡
- 必要に応じて救急要請
高血糖とは?|見逃されやすいもう一つの急変
高血糖は、血糖値が慢性的・急激に高くなった状態です。
低血糖ほど急変感がないため、気づかれにくいのが特徴です。
以下のような状況で起こりやすくなります。
- 食事量が多い・間食が多い
- インスリンや内服薬の調整が合っていない
- 感染症・発熱がある
- 脱水が進んでいる
高血糖のサイン|介助中に気づくポイント
- 強い喉の渇き
- 尿量が多い
- 全身のだるさ
- 皮膚や口の中が乾燥している
- 意識がぼんやりしている
高血糖が進行すると、意識障害や昏睡に至ることもあります。
高血糖が疑われたときの介助者の対応
① 体調変化を記録・共有
- いつから、どんな症状があるか
- 食事量・水分摂取量
- 排尿の回数
② 無理な介助は避ける
- ふらつきがある場合、移乗介助は複数人対応や福祉用具の使用を検討
- 体調が悪い日は、無理に立位を取らせない判断も重要
③ 医療職へ早めに報告
- 看護師・主治医へ状態を共有
- 指示に従って対応
介助者がやってはいけないNG対応
- 「いつものこと」と決めつける
- しんどそうでも介助を強行する
- 意識が低下しているのに無理に飲ませる
- 報告を後回しにする
ポイントまとめ|現場で覚えておきたい判断軸
- 違和感=中止して観察
- 意識・嚥下の有無が最大の判断ポイント
- 迷ったら医療職へ即相談
- 安全確保が最優先
糖尿病と足病変|足切断・離断に至る理由
糖尿病のご利用者様にとって、足のトラブル(糖尿病足病変) は命や生活の質を大きく左右する重大な問題です。
実際に、糖尿病が原因で足の切断・離断に至るケースは決して珍しくなく、介護現場でも対応に悩む場面が多く見られます。
ここでは、「なぜ糖尿病で足を切断することになるのか」「どこで防げた可能性があるのか」を、介護職にも分かりやすく整理して解説します。
糖尿病足病変とは何か
糖尿病足病変とは、糖尿病による合併症が原因で足に起こる一連の障害を指します。
具体的には、
- 皮膚の傷・水疱・タコ・ウオノメ
- 潰瘍(傷が深くえぐれた状態)
- 感染症
- 壊疽(組織が壊死した状態)
などが含まれます。
糖尿病のご利用者様の場合、「小さな足の傷」から始まり、気づかないうちに重症化するという経過をたどることが多いのが特徴です。
小さな傷が重症化するメカニズム
糖尿病で足病変が悪化しやすい背景には、主に次の3つの要因があります。
① 末梢神経障害による感覚低下
糖尿病が進行すると、足の感覚が鈍くなり、
- 痛みを感じにくい
- 靴ずれや傷に気づかない
- 出血していても自覚がない
といった状態になります。
そのため、傷があっても訴えがなく、発見が遅れやすいのです。
② 血流障害による治癒力の低下
糖尿病では血管が傷つきやすく、足先まで十分な血液が届かなくなります。
その結果、
- 傷が治りにくい
- 感染に対する抵抗力が弱い
- 一度悪化すると回復に時間がかかる
といった悪循環に陥ります。
③ 免疫力の低下による感染リスク
血糖値が高い状態が続くと、免疫機能も低下します。
そのため、小さな傷でも細菌感染を起こしやすく、急激に悪化することがあります。
足切断・離断に至るまでの経過
糖尿病による足切断・離断は、突然起こるわけではありません。
多くの場合、次のような段階を踏んで進行します。
- 靴ずれ・小さな傷・爪トラブル
- 傷が治らず、潰瘍化
- 感染が広がる
- 壊疽が進行
- 命を守るために切断・離断を選択
介護職だからこそできる重要な役割
介護現場では、医療職よりも日常的に足を見る機会が多いという強みがあります。
- 入浴介助
- 更衣介助
- 移乗介助
- ベッド上でのケア
こうした場面で、
- 赤み
- 腫れ
- 傷
- 皮膚の色の変化
- 出血や滲出液
に気づけるかどうかが、その後の経過を大きく左右します。

足を切断・離断したご利用者様の移乗介助前の確認ポイント
足を切断・離断したご利用者様の移乗介助では、動作に入る前の確認が安全性の大部分を決めます。
勢いや経験だけで介助を始めると、転倒や断端部の損傷、介助者の腰痛につながりやすくなります。
ここでは、移乗介助に入る前に必ず確認すべき3つの視点を整理します。
切断部位・義足の状態確認
まず最優先で確認すべきなのが、切断部位(断端)と義足の状態です。
断端部のチェックポイント
- 発赤・腫脹・熱感はないか
- 出血や浸出液が見られないか
- 痛み・違和感の訴えはないか
- 圧迫や摩擦が起こりそうな状態ではないか
糖尿病のご利用者様は、痛みを感じにくい場合があるため、
「痛くない=問題ない」と判断しないことが重要です。
義足を使用している場合の確認
- 正しく装着できているか
- ソケット内に違和感や痛みはないか
- 義足が回旋・ずれを起こしていないか
- 義足でその日、立位・荷重が可能か
義足があっても、体調や皮膚状態によっては使用を控えた方が安全な日もあります。
「義足があるから立てる」ではなく、「今日は義足を使っても安全か」を毎回判断しましょう。
バランス能力と健側下肢の負担
足切断・離断後の移乗介助では、健側下肢と体幹の能力が大きな鍵になります。
確認すべきポイント
- 座位で体が傾かず保持できているか
- 体幹を前傾させる動きが可能か
- 健側下肢で体重を支えられそうか
- 上肢(腕)で支持・押す動作ができるか
特に注意したいのは、健側下肢への負担集中です。
- 膝折れしそうにならないか
- ふらつきやすくなっていないか
- 疲労が蓄積していないか
- 関節に痛みは出ていないか
健側下肢も糖尿病の影響を受けている可能性があるため、「残っている足=安全」とは考えないことも大切なことです。
移乗前に準備すべき環境・福祉用具
移乗介助の安全性は、環境と準備でほぼ決まると言っても過言ではありません。
環境面の確認
- 車いすとベッドの高さは適切か
- ブレーキは確実にかかっているか
- フットレスト・アームサポートは邪魔にならないか
- 床が滑りやすくなっていないか
活用したい福祉用具
- 移乗用ボード(スライディングボード)
- 昇降機能付きベッド
- 手すり・グリップ
- ノンスリップマット(100円均一の滑り止めマットでも可)
移乗介助前の合言葉
移乗動作に入る前に、介助者自身に問いかけてください。
「今日は安全に立てるか?」
「今の状態で無理はないか?」
「もっと安全な方法はないか?」
この一呼吸の確認が、事故を防ぎます。
【実践】足切断・離断後の安全な移乗介助の方法
足を切断・離断したご利用者様の移乗介助では、「力」ではなく手順・立ち位置・重心移動が安全性を左右します。
ここでは、介護現場で最も多い
- 車いす → ベッド
- ベッド → 車いす
の移乗について、事故を防ぐための実践手順を具体的に解説します。
移乗介助手順
① 事前準備(ここで8割決まる)
- 車いすは健側下肢側に寄せる
- 車椅子はベッドとの角度を30度程度に調整
- 車いすのブレーキを確実にかける
- フットレスト・アームサポートを外す(可能なら)
② 座位姿勢の調整
- お尻を前方へ移動させる
- 体幹をしっかり前傾できる姿勢を作る
- 健側下肢の足底が床に接地しているか確認
(足の位置は両足で立つ場合よりもやや内側です)
③ 立ち上がり介助
- 介助者は健側下肢側への移乗をしやすい位置に立つ
(私の場合だと麻痺側に立ち、健側の方向を向く感じ) - 肩甲骨を支持し、引き上げない
- 健側下肢にしっかり体重を乗せる
- 上肢が使える方の場合は、移乗先のアームサポートや介助バー、手すりなどをしっかり把持してもらう
④ 方向転換と着座
- 立位保持は最小限
- 小さなステップで方向転換
- ベッドの位置を確認してから座る
- 断端部がベッドに当たらないよう声かけ
介助者の腰を守る立ち位置と動き方
足切断・離断後の移乗介助では、介助者の腰痛リスクも非常に高いのが現実です。
腰を守る基本原則
- 腕の力で持ち上げない
- ご利用者様の重心移動に合わせて動く
- 足を前後に開き、安定した立ち位置を取る
- 体をねじらない
正しい立ち位置
- 健側下肢側への移乗をしやすい位置に
(私の場合だと麻痺側に立ち、健側の方向を向く感じ) - ご利用者様のやや斜め前方
- 自分の重心は低く、膝を軽く曲げる
腰を守る介助は、結果的にご利用者様の安全性も高めます。

実践のポイントまとめ
- 移乗は「準備 → 姿勢 → 動作」の順
- 断端部は使わず、必ず守る
- 立位は短く、動作は分ける
- 無理な日は「座り直す」判断も正解
義足を使用しているご利用者様の移乗介助で注意すること
義足を使用しているご利用者様の移乗介助は、「足がある状態」に見えるため、介助者が無意識に難易度を低く見積もってしまいやすいという特徴があります。
しかし実際には、
- 義足は「生身の足」とはまったく違う特性を持つ
- 日によって使用可否が大きく変わる
- 皮膚トラブルや恐怖心が隠れている
など、注意点が非常に多い介助です。
義足装着時と未装着時の違い
義足装着時の特徴
- 支持基底面が広がり、立位は取りやすくなる
- 体重を乗せられる範囲は広がり、健側にかかる負担は軽減される
- 膝継手付き義足では、ロック状態によって安定性が変わる
義足未装着時の特徴
- 健側下肢と上肢への負担がさらに増加
- 座位バランスが不安定になりやすい
- 移乗時の恐怖心が強く出やすい
義足を外している場合は、スライディングボードなどの使用を前提に考える方が安全且つ無難です。
義足による皮膚トラブルの予防
糖尿病のご利用者様では、義足による皮膚トラブルが重大な合併症につながる可能性があります。
注意したいポイント
- ソケット内の擦れ・圧迫
- 発赤や皮膚剥離
- 水疱や小さな出血
これらは、ご利用者様が自覚していないことも多いのが特徴です。
介助者ができる具体的な対応
- 義足装着前後に断端部の皮膚状態を確認
- 移乗前後で「痛くないですか?」だけでなく 「違和感はないですか?」と聞く
- 赤みがあれば無理に立たせない
義足使用者への声かけと心理的配慮
義足を使用しているご利用者様は、
- 転倒への強い恐怖
- 義足が外れるのではないかという不安
- 「うまく立てなかったらどうしよう」という緊張
を抱えながら移乗に臨んでいます。特に慣れない間は慎重に関わることが大切です。
安全性を高める声かけの例
- 「今日は義足の調子どうですか?」
- 「立つ前に一度確認しますね」
- 「不安があれば、途中でやめても大丈夫ですよ」
義足があっても、判断基準は変わらない
- 義足がある=必ず立たせる、ではない
- 昨日できた=今日もできる、ではない
- 「今日は安全に立てるか」を最優先に判断する
義足は、「できることを増やす道具」ですが、「無理をさせる理由」ではありません。
移乗介助で起こりやすいトラブルと現場での対処法
足切断・離断後、あるいは義足を使用しているご利用者様の移乗介助では、ちょっとした判断ミスや油断が、大きな事故につながることがあります。
ここでは、介護現場で実際によく起こる「ヒヤリ・ハット」「事故につながりやすい場面」を取り上げ、なぜ起こるのか/どう防ぐか を具体的に解説します。
転倒・ずり落ち事故が起こる原因
よくある事故パターン①
「立てそうだったのに、途中で崩れる」
- 立ち上がり直後にバランスを崩す
- 健側下肢の膝折れ
- 義足側への急な荷重
原因
- 体幹前傾が不十分
- 健側下肢の疲労・筋力低下
- 義足を過信している
対処法
- 立ち上がり前に座位姿勢を整える
- 「立ったらすぐ座る」前提で介助する
- 少しでも不安定なら一度座り直す判断をする
よくある事故パターン②
「着座時にずり落ちる・断端をぶつける」
- 車いす・ベッドの位置確認不足
- 方向転換中の焦り
- 声かけ不足
対処法
- 着座位置を事前に視認する
- 「今から座ります」と動作前に声かけ
- 断端部が接触しないか最後まで確認
介助者が無理をして腰を痛めるケース
足切断・離断後の移乗介助は、介助者の腰痛リスクが非常に高い介助でもあります。
腰痛につながりやすい行動
- 腕の力で持ち上げる
- 体をねじりながら支える
- 不安定なのに無理に立たせる
結果
- 急性腰痛
- 慢性的な腰の違和感
- 介助への恐怖心
腰を守るための対処法
- 重心移動に合わせて動く
- 足を前後に開き、支持基底面を広く取る
- 腰を落とし、重心を低く保つ
- 福祉用具を使う判断を「負け」だと思わない
事故を防ぐための介助見直しポイント
「できているつもり」を疑う
- 何度も成功している介助ほど、油断が生まれやすい
- 昨日できた=今日もできる、ではない
事故予防につながる3つの視点
- 毎回状態を確認する
(体調・疲労・義足・皮膚状態) - 立位を短くする
(立つ → すぐ座る) - 一人で抱え込まない
(声かけ・複数人介助・用具活用)
ヒヤリ・ハットを「学び」に変える
移乗介助での
- ヒヤッとした
- 危なかった
という経験は、現場にとって貴重な教材です。
- なぜ起きたのか
- どこで止められたか
- 次はどうするか
を共有することで、同じ事故を繰り返さないチームになります。
まとめ
足の切断・離断に至った背景には、糖尿病・血流障害・感染症などの慢性的な疾患が関係しているケースも少なくありません。
そのため移乗介助は、単に「立たせて移す動作」ではなく、身体的・心理的・生活背景すべてを含めた支援 が求められます。
ご利用者様の「その日の状態」を最優先にする
- 昨日できた動作が、今日はできないこともある
- 体調・痛み・疲労・不安感は日々変化する
- 義足の装着感や断端部の状態も一定ではない
だからこそ、「今日は安全に立てるか」 を毎回の判断基準にすることが重要です。慣れてきたからこそ、油断せず、立ち止まって確認する姿勢が事故を防ぎます。
無理をしない介助は「手抜き」ではない
- 一人での介助が不安なとき
- 立位が不安定なとき
- 介助者自身の体調が万全でないとき
こうした場面で複数人介助や福祉用具を選択することは、正しい判断です。
無理な介助は
- ご利用者様の転倒
- 介助者の腰痛
- 介助への恐怖心
につながり、結果的に双方にとってマイナスになります。
足切断・離断後の移乗介助で大切な3つの視点
- 評価を省略しない
身体機能・バランス・義足・環境を毎回確認する - 立位は短く、動作はシンプルに
「立つ → すぐ座る」を基本とする - チームで支える意識を持つ
ヒヤリ・ハットを共有し、介助方法を更新する
介助者自身を守ることが、良い介助につながる
介助者が安心して介助できる環境は、ご利用者様の安心にも直結します。
- 正しい立ち位置
- 重心移動を使った介助
- 腰を守る動き方
- 福祉用具を活用する判断力
これらはすべて、長く現場に立ち続けるための「技術」です。
おわりに
足切断・離断後のご利用者様の移乗介助は、決して簡単な介助ではありません。
だからこそ、
- 評価する
- 迷ったら止まる
- 無理をしない
ご利用者様の「できる」を支えながら、
介助者自身の体も守る。
その両立を目指して、日々の移乗介助を見直すきっかけになれば幸いです。
あわせて読みたい記事
▼YouTubeでも切断された方の移乗介助方法、スライディングボードの使い方を紹介しています。
合わせて見てみてください。▼


コメント