はじめに|「良かれと思った介助」が事故につながることもある
認知症のご利用者様の介助では、
「安全のため」
「転ばせないため」
「早く終わらせるため」
と、介助者が良かれと思って行った対応が、
かえって事故やトラブルにつながってしまう場面をよく目にします。
声をかけたつもりが伝わらなかったり、
手助けをしたつもりが抵抗を強めてしまったり。
その結果、立ち上がりや移乗の場面で転倒しかけたり、
パニックや強い拒否につながることも少なくありません。
認知症介護が難しいと感じる理由は、
単に介助技術が足りないからではありません。
多くの場合、事故の背景には
「認知症という疾患特性への理解不足」があります。
認知症のご利用者様は、
私たちが思っている以上に
- 状況を理解すること
- 先を予測すること
- 自分の体の動きをイメージすること
が難しくなっています。
その特性を知らずに、健常な方と同じ感覚で介助を行うと、
思わぬ事故やヒヤリハットが起こりやすくなるのです。
本記事では、
認知症のご利用者様の介助でやってはいけない対応を整理しながら、
事故を防ぐために現場で本当に大切な
「正しい関わり方」と「介護技術の考え方」を、
具体例を交えてわかりやすく解説していきます。
「なぜうまくいかないのか」
「どう関われば安全につながるのか」
なぜ認知症のご利用者様の介助は事故が起こりやすいのか
認知症のご利用者様の介助では、
介助者が注意しているつもりでも、
予測できない動きや反応が起こりやすく、
転倒やヒヤリハットにつながることが少なくありません。
その背景には、認知症特有の
「理解・判断・予測」の力の低下と、
介助者との認識のズレがあります。
認知症による「理解・判断・予測」の低下
認知症になると、
- 今、何をしようとしているのか
- 次に何が起こるのか
- 自分の体をどう動かせばいいのか
といった一連の流れを理解し、判断し、予測する力が低下します。
例えば、
「立ち上がりますね」
「こちらに移動しますよ」
と声をかけても、
その意味や動作のイメージが結びつかないことがあります。
介助者から見ると「急に立ち上がった」「予想外に動いた」ように見えても、
ご利用者様にとっては
何が起こっているかわからない中で体が動いている状態です。
この状態で無理に動作を進めると、
バランスを崩したり、恐怖心から抵抗が強くなり、
事故につながりやすくなります。
介助者の意図が伝わらないことで起こるズレ
介助者は常に、
「安全に」
「転ばせないように」
「スムーズに」
という意図をもって介助を行っています。
しかし、その意図がご利用者様に伝わらないと、
介助そのものが不安や恐怖の原因になってしまいます。
突然体に触れられたり、
理由がわからないまま体を動かされたりすると、
ご利用者様は「何をされるかわからない」と感じます。
その結果、
- 体を固くする
- 急に手を振り払う
- 思わぬ方向に動く
といった反応が起こり、
転倒や接触事故につながることがあります。
介助者にとっては「普通の介助」でも、
認知症のご利用者様にとっては
予測できない出来事になっていることが少なくありません。
環境・時間・人の変化が混乱を招く
認知症のご利用者様は、
環境や状況の変化に対する適応が難しくなります。
- いつもと違う介助者
- いつもと違う時間帯
- 物の配置が変わった室内
こうした変化が重なると、
強い不安や混乱を引き起こします。
特に、
トイレや入浴、移乗といった動作中は、
集中力や理解力がさらに低下しやすく、
事故のリスクが高まります。
「今日は調子が悪いな」と感じる日の多くは、
実は環境や関わる人の変化が影響していることも少なくありません。
認知症介護では、
介助技術そのものだけでなく、
状況を整えることも事故予防の一部であることを
理解しておく必要があります。
「あの人が介助したらいつも上手くできる」といった場面は、現場でよく見かけます。
【要注意】認知症介護でやってはいけない対応
認知症のご利用者様の介助では、
事故やトラブルの多くが悪意のない対応から起こっています。
忙しい現場の中で、
「仕方がない」
「時間がないから」
と、ついやってしまいがちな対応ほど、
実は事故のリスクを高めていることがあります。
ここでは、現場でよく見られる
やってはいけない介助を整理していきます。
急かす・強引に動かそうとする介助
「早く立ちましょう」
「今行かないと間に合いません」
こうした声かけは、
介助者にとっては日常的でも、
認知症のご利用者様にとっては
強いプレッシャーになります。
理解や判断に時間がかかっている状態で急かされると、
ご利用者様は動作の準備ができないまま体を動かしてしまい、
バランスを崩しやすくなります。
その結果、
- 立ち上がり時のふらつき
- 急な方向転換
- 転倒しかける
といったヒヤリハットにつながります。
「急がせること=安全」ではない
という視点がとても重要です。
否定・訂正・説得しようとする声かけ
「違いますよ」
「さっきも説明しましたよ」
「そんなことありません」
認知症のご利用者様にとって、
否定や訂正の声かけは、
自信を失わせ、不安や混乱を強めます。
また、
論理的に説明したり説得しようとしても、
その内容を理解すること自体が難しい場合があります。
結果として、
- 介助への拒否
- 怒りや不安の増強
- 突発的な動き
が起こりやすくなり、
事故のリスクが高まります。
認知症介護では、
「正しいことを伝える」よりも
「安心してもらう」ことが優先です。
力任せの身体介助(引っ張る・抱え上げる)
動いてくれないからといって、
腕を引っ張ったり、無理に抱え上げたりする介助は、
非常に危険です。
認知症のご利用者様は、
自分がどのように動かされているのか理解できず、
急に体を固めたり、抵抗したりすることがあります。
その瞬間、
- 介助者のバランスが崩れる
- ご利用者様が体をひねる
- 思わぬ方向に倒れそうになる
といった事故が起こりやすくなります。
ご利用者様のペースを無視した介助
認知症のご利用者様には、
動作を理解し、準備するための
「間(ま)」が必要です。
声をかけた直後に体を動かしたり、
返事を待たずに介助を進めたりすると、
ご利用者様は状況を把握できないまま動作に入ってしまいます。
その結果、
- 動きがバラバラになる
- 予測できない動作が出る
- 転倒リスクが高まる
といった問題が起こります。

事故につながりやすい場面とヒヤリハット例
認知症のご利用者様の事故は、
特別なことをしている時ではなく、
毎日繰り返している介助場面で起こることがほとんどです。
「いつもやっているから大丈夫」
その油断が、思わぬ事故につながることがあります。
ここでは、特にヒヤリハットが多い場面を
具体的に見ていきます。
立ち上がり・移乗時の転倒リスク
立ち上がりや移乗は、
認知症のご利用者様にとって
最も事故が起こりやすい場面のひとつです。
介助者が立ち上がりのタイミングを作っても、
ご利用者様が
「今から立つ」という理解ができていないと、
体の重心が整わないまま動き出してしまいます。
その結果、
- 前に倒れそうになる
- 予想外の方向に体が動く
- 途中で座り込んでしまう
といった状況が起こります。
特に、
声かけと同時に体を引き上げる介助は、
転倒リスクを高めやすいため注意が必要です。
トイレ介助中に起こりやすい事故
トイレ介助は、
「早く」
「失敗させないように」
という意識が強くなりやすく、
事故につながりやすい場面です。
ズボンの上げ下ろしや方向転換の際に、
ご利用者様が突然立ち上がったり、
便器から立ち上がろうとしてバランスを崩すことがあります。
また、
トイレという閉鎖空間では、
不安や緊張が強まりやすく、
介助者の動きに対して過敏に反応することもあります。
「少しの油断」が
転倒や接触事故につながりやすい場面です。
入浴・更衣時のパニック・抵抗
入浴や更衣は、
服を脱ぐ、体に触れられるといった行為が多く、
認知症のご利用者様にとって
強い不安や抵抗が出やすい場面です。
突然服を脱がされたと感じたり、
何をされているのかわからないまま介助が進むと、
パニック状態になることがあります。
その結果、
- 急に立ち上がる
- 手を振り払う
- 体をひねる
といった予測できない動きが起こり、
転倒や接触事故につながります。
「目を離した一瞬」で起こる転倒
認知症のご利用者様は、
周囲の状況を正確に判断することが難しく、
突然立ち上がったり、歩き出してしまうことがあります。
特に、
- ベッドサイド
- トイレ前後
- 椅子に座っている時
は要注意です。
介助者が戻った時には、
すでに転倒していた、
というケースも決して珍しくありません。
「一瞬だからこそ危険」
この意識を持つことが、
事故予防につながります。

認知症のご利用者様に必要な「正しい関わり方」の基本
認知症介護で事故を防ぐために大切なのは、
特別な技術や難しい知識ではありません。
「どう関わるか」を少し変えるだけで、
ご利用者様の反応や介助のしやすさは大きく変わります。
ここでは、認知症のご利用者様と関わるうえで
ぜひ意識してほしい基本的な考え方をお伝えします。
安心感を優先する関わり方
認知症のご利用者様は、
常に不安や戸惑いを抱えながら生活しています。
介助者が落ち着いた表情で、
ゆっくりと関わるだけでも、
ご利用者様の緊張は和らぎます。
反対に、
焦った様子やイライラした態度は、
言葉以上に伝わり、
不安や抵抗を強めてしまいます。
まずは
「大丈夫ですよ」
「一緒にやりましょう」
という姿勢を示すことが、
安全な介助の第一歩です。
伝わりやすい声かけのポイント
認知症のご利用者様への声かけは、
短く・具体的に・一つずつが基本です。
例えば、
「立ち上がって、こっちに来て、椅子に座りましょう」
ではなく、
「今から立ちますね」
(間をとる)
「では、立ちます」
と、動作を分けて伝えることで、
理解しやすくなります。
また、
命令口調や上から目線の言い方ではなく、
一緒に行う姿勢を示す声かけが効果的です。
言葉が伝わりにくい場合は、
ジェスチャーや視線、指差しなど、
視覚的な情報を組み合わせることも大切です。
認知症のご利用者様に安心感を与える声かけには、
使う言葉の選び方もとても重要です。
「できること」を奪わない介助
安全を意識するあまり、
すべてを介助者が行ってしまうことがあります。
しかし、
認知症のご利用者様が
まだできる動作まで奪ってしまうと、
混乱や抵抗が強くなることがあります。
ご利用者様自身が動くことで、
次の動作が理解しやすくなり、
介助もスムーズになります。
「全部やってあげる」のではなく、
「できる部分は見守る・待つ」
という視点を持つことが大切です。
結果として、
ご利用者様の自信や安心感につながり、
事故の予防にもつながります。
【場面別】事故を防ぐ具体的な介護技術
認知症のご利用者様の介助では、
正しい関わり方を理解していても、
実際の場面でどう動くかがわからないと事故は防げません。
ここでは、特に事故が起こりやすい場面ごとに、
意識すべき介護技術のポイントを整理します。
立ち上がり・移乗介助の工夫
立ち上がり・移乗介助では、
「動作のイメージを共有すること」が最も重要です。
まずは、
正面に立ち、目線を合わせて声をかけます。
「今から立ちますね」
と伝えたら、すぐに体を動かさず、
一呼吸待つことがポイントです。
その後、
「では、立ちます」
と再度声をかけ、ご利用者様の体が前に傾くのを確認してから介助に入ります。
トイレ介助で意識すべきポイント
トイレ介助では、
環境とタイミングへの配慮が欠かせません。
まず、
便器の位置や手すりを事前に確認し、
ご利用者様が「どこに座るのか」
視覚的にわかるようにします。
ズボンの上げ下ろしや方向転換は、
一気に行わず、
一つひとつ声をかけながら進めます。
「今、立ちます」
「ズボンを下ろしますね」
と動作を区切ることで、
混乱や急な動きを防ぐことができます。
露出や寒さへの配慮も重要です。
タオルを使って体を覆うことで、
安心感が高まり、抵抗が出にくくなります。
更衣・入浴介助の進め方
更衣や入浴では、
ご利用者様が
「何をされているのかわからない」
状態にならないようにすることが大切です。
いきなり服を脱がせるのではなく、
これから行うことを簡単に伝えます。
「服を脱いで、体をきれいにしますね」
そのうえで、
一度に複数の動作を行わず、
一つ終わってから次に進みます。
拒否が強い時の対応方法
拒否が強い時に無理に介助を進めることは、
事故のリスクを一気に高めます。
その場合は、
一度立ち止まることが大切です。
「今は嫌なんですね」
と気持ちを受け止め、
時間を置いたり、
別の介助者に代わったりすることで、
状況が落ち着くことも多くあります。
拒否は「わがまま」ではなく、
不安や混乱のサインです。
無理に進めるのではなく、
関わり方やタイミングを変えることが、
安全な介助につながります。
拒否が出ている時ほど、
かける言葉ひとつで反応が大きく変わることがあります。
介助者の負担を減らすために大切な考え方
認知症介護は、
ご利用者様だけでなく、
介助者にも大きな負担がかかります。
「うまくいかない」
「毎回同じ場面で疲れる」
そう感じるのは、
介助者の努力や技術が足りないからではありません。
考え方を少し変えるだけで、
心身の負担は確実に軽くなります。
うまくいかない原因を「ご利用者様のせい」にしない
介助がうまくいかない時、
無意識のうちに
「この方は大変だ」
「認知症だから仕方ない」
と思ってしまうことがあります。
しかし、
多くの場合、問題は
ご利用者様ではなく、関わり方や環境にあります。
「なぜ拒否されたのか」
「どこで混乱が起きたのか」
そう振り返ることで、
次の介助が楽になるヒントが見えてきます。
原因を外に求めすぎないことが、
介助者自身を守ることにもつながります。
チームで情報共有する重要性
認知症介護を一人で抱え込むと、
心身ともに疲弊しやすくなります。
「この方は、最初に声かけしてから少し待つと落ち着く」
「この時間帯は拒否が強く出やすい」
こうした情報をチームで共有するだけで、
介助は格段にやりやすくなります。
特定の介助者だけが苦労する状況は、
事故のリスクも高めます。
情報共有は、事故予防であり、介助者を守る仕組みでもあります。
介助者自身が無理をしない工夫
真面目な介助者ほど、
「自分が頑張らなければ」と
無理をしがちです。
しかし、
無理を重ねた介助は、
集中力の低下や判断ミスにつながり、
結果的に事故のリスクを高めます。
- 一人で対応せず応援を呼ぶ
- 無理な姿勢で介助しない
- しんどい時は交代する
こうした判断は、
決して逃げではありません。
介助者が余裕を持つことが、
安全な介護を続けるための前提条件です。
まとめ|認知症介護は「理解」と「関わり方」で事故は防げる
認知症のご利用者様の介助で起こる事故の多くは、
特別なミスや不注意ではなく、
日常的な関わり方の積み重ねによって生じています。
NG介助の振り返り
今回お伝えしてきたように、
認知症介護では次のような対応が
事故のリスクを高めてしまいます。
- 急かす・強引に動かそうとする介助
- 否定や訂正、説得しようとする声かけ
- 力任せの身体介助
- ご利用者様のペースを無視した関わり方
どれも、
「良かれと思って」やってしまいがちな対応です。
だからこそ、一度立ち止まって振り返ることが大切です。
正しい関わり方の再確認
事故を防ぐために必要なのは、
特別な技術ではありません。
- 安心感を最優先する
- 伝わりやすい声かけを意識する
- ご利用者様の「できること」を尊重する
この基本を押さえるだけで、
ご利用者様の反応は大きく変わります。
明日から意識してほしいポイント
すべてを一度に変える必要はありません。
まずは、次の3つだけ意識してみてください。
- 声をかけたら一呼吸待つ
- うまくいかない時は関わり方を疑う
- 無理せず助けを求める
この積み重ねが、
ご利用者様の安全だけでなく、
介助者自身を守ることにもつながります。
認知症介護は難しいものですが、
「理解」と「関わり方」を見直すことで、
事故は確実に減らせます。
今日の介助が、少しでも安心できる時間になることを願っています。


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